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メン獄『コンサルティング会社 完全サバイバルマニュアル』

面白い一冊。よく売れているようだ。コンサルティング会社で10数年務めた著者が、コンサルティングファームの仕事のやり方、そのなかでいかに成長していくべきかを書いている。もともとは退職が近い段階で、部下に残していく文章として書かれたようだ。少年漫画が好きな著者らしく、自分の失敗談などの体験談が漫画のストーリーっぽく書かれていて、読み手を引き付けるものがある。本書はビジネス自己啓発書だが、このストーリー書きの才能で小説でも書けば、池井戸潤っぽくなるのではないか。


新卒など最初の段階であるアナリスト、少し周りが見えてくるジュニアコンサルタント、チームを運営しプロジェクトに責任を持つシニアコンサルタント・マネジャーという三つの編に分かれている。アナリストのところは半分くらいの分量を占めている。ここにあるのは、いわゆるコンサルの働き方や考え方といったもので、類書に多く見られる。本書の特徴は、むしろその後、キャリアが上がっていくと何が変わってくるのかというところだろう。


アナリストが価値を出す核心的要素として、何よりも仕事の速度が強調される。それは手順の習熟、最短ルートへの嗅覚、強い期限意識からもたらされる(p.30-42)。ショートカットを駆使するexcel技術なども必須事項だ(p.63-75)。個人的にはパワーポイントにいかに物事を整理するかが鍵。また、論点思考と仮説思考も基本(p.101-122)。自分の論点がなく、ただその場に与えられているタスクをこなしているだけの高級ホチキス(p.118-120)にならないように。この辺りは、特に違和感なく、それはそうだよねという印象。コンサルティングファームのなかで重視されたり当然、あるいは理想とされている仕事の仕方だ(個人的に自分ができているかはともかく)。


読んで面白くなってきたのはジュニアコンサルタントあたりから。アナリストに比べて仕事の範囲が拡大するこの時点では、現場の人への共感のなさと不理解が三年目の慢心として描かれる(p.148-157)。ただ自分のタスクをこなせばいいのではなく、多様なスキルや立場の人と協働することが求められる。例えばエンジニアとコンサルタントの違い。自分ではエンジニアの生産性は分からない。エンジニアを管理業務から解放すること、違う発想や立場の人と働くことがシニアコンサルのステップ(p.168-172)。プロジェクトでサブチームのリーダーとして実際に最前線に立つ層でもあり、広い視野を見た責任感が求められる。プロジェクトや進められているタスクの前提を疑うこと、違和感を放置しないこと(p.176-182)が大事。特に、現場の最前線たるジュニアコンサルタントは簡単に引き下がってはならない。上司やクライアントから間違っているのではと指摘されても、なぜそうしたのかを自分できちんと説明し、対等に議論すること(p.190-192)。これは大事。この段階でそういう動きができる人間が伸びる。


チームメンバーを少数ながら持つようになるのも、ジュニアコンサルタントの段階。部下への作業の切り出し方は案外に難しい。チェックリストもある(p.224-226)。作業の切り出し方に苦労して、部下の能力の無さのせいにする人は見かける。プロジェクトを進めるための、クライアント承認の取り方も大事な論点(p.205-210)。承認者の権限、帰結やリスクの説明、承認が必要な部署の範囲、承認過程を踏まえたスケジューリングを踏まえること。


マネジャーの仕事は、品質の瑕疵なく予算内でプロジェクトを完遂させて会社に利益をもたらすこと、顧客を満足させて継続案件を獲得したり将来につながる関係性を築くこと、部下を成長させ社内で昇進させることの3つとする(p.245f)。しかしマネジャーの章は個人語りが多く、方法論的な抽象が足りない。またチームビルディング、チームで結果を出すという点に話が偏っている。10年以上在籍していたので、マネジャーを客観視できる職位まで上がっていたと思うが、紙幅の都合か。マネジャーや、そこからのキャリアに求められる視点やスキルがあまり俯瞰されていない印象。営業からプロジェクト組成までのフェーズ、プロジェクト終了後のフォローアップ、プロジェクトではなく所属組織の運営に関するタスク、売上の数字やコストのコントロール、他部署とのリレーション、この先の自社の売り物を作っていくR&D的な活動、自社のマネジメント層との関わりなど、マネジャーの章に出てくるべきだろうと思った。


それにしても、徹夜で作業したといったエピソードが大量に出てくる。成長のためには長い期間の持続可能な働き方が大切として、休むスキルについて記すなどの着眼点(p.130-142)はあれど、働き方については完全に過去のもので、いまのコンサルティングファームには(少なくとも大手は)当てはまりにくい。コンサルタントの成長は圧倒的な仕事時間に支えられていた側面は大きく、コンサルという職務が一般化して志望者が大量に増えたことと合わせて、これからのコンサルタントはどう成長していくのだろう。その話はどの本にもないし、現場ではいま模索中のところだ。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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