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大竹文雄『あなたを変える行動経済学』

読みやすい行動経済学の入門書。もともと、予備校の早稲田塾で高校生相手に行ったオンライン連続講義に基づいている(p.11)。行動経済学で論じられる人間の意思決定におけるいくつかのバイアスを分かりやすく伝えている。バイアスを表す簡単な実験や、有名な実験の紹介、バイアスに対処する方法、バイアスを利用したナッジなど。モデルなどの理論的な考察は一切ない。


扱われるのはサンクコスト、参照点効果、現在バイアス、社会的選好、ヒューリスティックスなど。サンクコストについては、サンクコストを無視した選択をすべきだと何度も書かれる。サンクコストに捕われて合理的でない選択をする、いくつもの例が挙げられている(p.30-41)。参照点効果と損失回避のバイアスでは、参照点を明確にすることが効果が出るポイント(p.61-68)。現在バイアスは先延ばしについて分かりやすく書かれる。現在バイアスに対処する方法は、コミットメント、細かな目標の設定による自由度の削減、デフォルト設定が挙げられる(p.103-105)。


社会的選好を考えるのも行動経済学の特徴だ。他人のために何がしたいという利他性、良いことをしてくれた人に報いたいという互恵性、自分だけ得したり損したりはよくないと考える不平等回避が挙げられている(p.127-130)。ヒューリスティックスは、限定合理性のもとで私たちの判断を導く原理。フレーミング効果、属性代替、アンカリングが挙げられている。アンカリングでは、まったく関係のない数字にでさえ判断は影響される(p.139-151)。アンカリングは見た数字に判断が影響されることだが、言葉や絵など数字以外でも存在する。心理学でプライミングと呼ばれる(p.156f)。


最後は行動経済学的なバイアスを利用するナッジについて。OECDが提案したナッジ設計のプロセスフローであるBASICと、施策のアイデアがナッジとして望ましいかをチェックする、イギリス政府のナッジユニットにサンスティーンが付け加えたFEASTが挙げられる(p.165-168)。OECDのBASICには、そもそも何が望まれる状態なのかを考えるプロセスがないと思う。


著者はどういうナッジを選ぶべきかの4つのポイントを記している(p.169-174)。ここは大事なところだが、どうもうまく理解できなかった。望ましい行動を知っていて達成できない場合には、コミットメントや社会規範。そもそも望ましい行動を知らない場合には、デフォルト、社会規範や損失回避を用いた情報提供。自分でナッジを課すだけの意欲がかけている場合には、デフォルトやコミットメント(自分でナッジを課すというのはナッジなのだろうか、その場合でもデフォルトやコミットメントを使うのではないだろうか)。情報がありすぎて認知的な負荷が過剰な場合なら、シンプルな情報提供(これはナッジだろうか)。惰性ではなくて競合的な行動があるから望ましい行動ができていない場合は、社会規範やデフォルト。それぞれに合わせたナッジの方法がある。


もっとも気に入ったナッジの例は、熊本市のある病院での看護師の残業時間削減(p.177f)。ここでは日勤と夜勤の看護師で制服の色を分けた。それにより、誰が残業しているのか目立つし、他の人が何かを依頼するときにも残業中なのかどうか分かる。


また、行動経済学と神経科学者の協働が増えており、神経経済学という分野も生まれている。この協働は当初、それぞれ異なる意向から始まっていたらしいことが面白い。行動経済学者は、アノマリーを脳の特性に求めて脳科学者と共同研究を行った。逆に脳科学者たちは、刺激と反応という枠組みでは人間の意識や意思決定を説明できないので、より統一できて合理的なモデルを求めて経済学者と研究を始めた(p.94)。


最後に、伝統的経済学の見方について。伝統的経済学が示したのは、人は利己的行動をすべきだということではない(p.130f)。そうではなく、利他的な動機をみんなが持っていたほうが社会は良くなる。伝統的経済学が示したのは、たとえ利己的に行動したとしても、市場競争があれば社会は豊かになるということ。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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