読んだ本をひたすら列挙。読書のペース配分とその後の読み直しのためのメモ。学而不思則罔、思而不学則殆。
大学初学年の環境経済学の教科書。経済学の理論的な初歩から、現実の事例まで様々な観点で環境経済学の広がりを提示している。環境経済学には3つの課題があるとされ、本書はこの線に沿って各章が書かれている(p.2-4)。(1)環境問題が発生する経済メカニズムの解明。負の外部性やフリーライドなど、市場の失敗がどのように発生するかを分析する。(2)環境問題を解決するための具体的な政策手段を明らかにする。環境規制や環境税の効果の分析。(3)持続可能な社会を実現するための手段を分析する。環境破壊や環境対策の金銭的評価。
経済メカニズムの解明は、ミクロ経済学でお馴染みの項目が扱われる。死荷重ロスによる外部不経済の説明(p.41-44)や、囚人のジレンマと公共財へのフリーライド(p.59f)といったもの。あくまでごく初歩的な領域にとどまっており、例えば公共財供給問題のメカニズムの話など、マーケットデザイン的な話題には踏み込んでいない。
環境問題の解決手段の評価は、直接規制(排出量に対する総量規制と、生産量あたりに対する排出率規制)、市場メカニズムを用いる経済的手法(直接取引(コースの定理)、課税や補助金、排出権市場の整備)と分類する(p.67)。環境税は直接規制などに比べて効率よく汚染を減らす。政府は各企業の限界汚染削減費用の情報を集める必要がない。社会にとっての総費用が最小になるように、各企業に汚染物質の削減を自動的に配分できる。また削減方法を問わないため、排出量を減らす技術開発のインセンティブを高める(p.81)。
初歩のミクロ経済では、税の徴収と補助金の支給は最適なものとしては同じ水準になると説明される。しかし企業の参入・退出を考えた長期の効果は異なる(p.84-88)。税は企業の費用を増加させるので、環境保全型の生産方法を持たない企業は税負担が重くなり、退出させられることになる。しかし補助金の場合は、環境負荷の大きい生産方法の企業でもプラスの利潤が確保できて生き残る。また補助金が新たな収入源となるため、産業への参入が促進され、産業全体の生産量(と排出量)は増加する。同じように、環境税と排出量取引制度では、完全情報の場合は効果は同じだが、不確実性がある場合は異なる結論を導く(p.112-115)。 企業の限界便益曲線に不確実性がある場合、限界外部費用曲線との傾きの対照によりどちらが効果的であるかは変わる。これに対して、限界外部費用曲線の不確実性は効果の違いをもたらさない。
環境の価値を評価する方法は様々な検討されているが、やはりなかなか難しいと感じられる。環境価値の分類としては、まず利用形態から利用価値と非利用価値に大別される(p.150)。利用価値は、資源として用いる直接的利用価値と、資源としては利用しないが存在することで機能を果たす(災害防止、娯楽など)間接的利用価値、将来の時点で直接的に利用できる可能性としてのオプション価値がある。非利用価値には将来世代に残す価値としての遺産価値、生物多様性などそれ自体で意味のある存在価値がある。これらのうち、市場価格が存在するのは直接的利用価値のみ。そこで経済学では支払意思額と受入補償額によって価値を評価する。
環境評価法として、トラベル・コスト法とへドニック法が取り上げられる(p.161-166)。トラベル・コスト法は旅費と訪問回数だけで推定できるが、非利用価値については評価できない。また、移動時間などの機会費用の恣意性や、代替地の影響などがある。へドニック法は、完全競争市場や代理市場の存在を仮定する。また、個々人の支払意思額は全体のへドニック価格曲線と一般に一致しない。
環境の非利用価値まで含んで評価できる方法には、CVM(仮想評価法)やコンジョイント分析がある(p.171-176)。特にCVMは広く使われる。これは環境変化に対する支払意思額を人々に直接尋ねる方法。環境変化案を記す評価シナリオが適切に設定されていない場合は、様々なバイアスが発生する。環境汚染リスクに対する支払意思額をCVMで評価する例(p.212f)。そのままリスクを提示しても回答者は十分に認識できないので、リスク・ラダー(他のリスクとの比較)や、ドットを用いている。
Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。
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