読んだ本をひたすら列挙。読書のペース配分とその後の読み直しのためのメモ。学而不思則罔、思而不学則殆。
北海道大学の科学技術コミュニケーション教育研究機関CoSTEPで行われた実践的活動(p.10f, 123)を扱った一冊。科学技術社会論での議論を踏まえて紹介しつつ、討論劇、参加型展示、サイエンスカフェの三つの試みを紹介している。
まずは、そもそも科学技術コミュニケーションが必要になってきた背景について。チャットウェイらによると、イノベーションの歴史には3つのフレームワークがある(p.3f)。(1)国家中心で研究開発に投資するフレーム。(2)起業と結びついて多様なアクターで研究開発をするフレーム。(3)社会的課題や環境的ニーズからイノベーションを駆動する、ボトムアップのフレーム。このうち、近年はフレーム3に注目が集まっている。フレーム3における研究開発ではまず社会との対話があり、そこから研究開発が進んでいく 。よって、どのような科学技術が必要であり、どのように活用していくかを社会全体であらかじめ考え、選択していくことが必要である。社会には、科学技術と自立共生的に付き合っていく力、イリイチの言うコンヴィヴィアリティが求められる。
社会と科学技術の関わりが複雑になっていくにしたがい、ELSIが注目されている。ELSIは、科学技術の3つの特徴から発している(p.36f)。(1)科学技術は利用者や利用範囲を拡大する性質を持つ。科学技術が普及すれば費用減少や性能向上をもたらし、それがさらに利用者や利用範囲の拡大をもたらす。(2)科学技術の不確実性。科学技術には未解明の点が残され、社会実装された際の影響は正確に予想できない。(3)科学技術は一度社会で使われ始めると、利用を取り消すことが難しくなる。
生活者にとっては、科学技術の利用に際して生活者が抱く理想と、それが実現されないギャップで生じる「現実のままならなさ」によってELSIは解決すべき課題として現れる(p.38-41)。そうした社会的要因としては、(1)科学技術の利用から意図せざる結果が生まれること。(2)科学技術の利用において(地域や社会階層などで)格差が生じること。(3)科学技術の利用によって、技術への依存や、疎外(alienation)が生まれること。(4)人々の価値観の多様性により、科学技術を使うか使わないかで対立が生じること。
本書が主題とするまだ見ぬ科学技術については、以上のような問題がさらに不確実性を伴って現れる。RRIを推進するスティルゴーは、まだ見ぬ科学のための活動を4つに分類する(p.21-28)。(1)予見性(anticipation)。予測を超えて未来を考えていく。未来洞察、テクノロジー・アセスメントなどの技法がある。近年は科学技術的な観点だけでなく、社会的、主観的視点が組み込まれた手法が開発され、活用されている。(2)再帰性(reflexivity)。研究側が自分の活動を常に内省し、知識の限界や反対意見に自覚的になる。人文科学の研究者を研究プロジェクトに配置して倫理的テクノロジーアセスメントを行う、科学者の行動規範や認証・認定などのルール化、開発のモラトリアムなど。(3)包括性(inclusion)。多様な意見を取り入れる。コンセンサス会議、市民陪審など。開発のより上流工程における、ユーザ中心設計やオープンイノベーションなど。(4)応答性(responsiveness)。意見が科学技術開発や政策に反映される。ミッション指向型政策戦略があるが、テーマや方向性に関する社会的合意が十分でなく、日本でどう応答性を確保するかは今後の課題である。研究開発への資金提供プロセスをいくつかのステージに分け、そのステージの間にゲートを設けてプロジェクトをふるいにかけるステージゲート法。参加型の討議によって、多様な価値観を商品や開発に活用するValue Sensitive Design。
ここからCoSTEPにおける実践について。討論劇は、科学技術の社会実装の是非をめぐる裁判劇の実践がある(p.46-51)。この裁判劇は、テーマを調べ、脚本を執筆し、配役を決めて上演する参加型演劇。人工知能による人事評価、感染症の接触確認アプリ、ヒト受精卵のゲノム編集などがテーマとして扱われた。なかでも、BMIについての2019年の実践は詳細に紹介される(p.54-66)。認知症治療のための埋め込み型BMIデバイスが開発された場合に、どう受容するかを巡っている。テーマ決定、立場を分けたディベート、専門家ヒアリング、脚本の執筆、上演、振り返りのステップで大学の授業の一環として行われた。
参加型展示は、問いかけやワークショップを通して人々が回答した内容そのものを展示するもの。議論に発展しないコミュニケーションであるため、議論に慣れていない人や文化において意見をくみ取る機能を持つという。2019年に未来の日常生活をテーマにして行った大丸札幌店での展示と、2020年1月に江別市の江別蔦屋書店で行った参加型展示が挙げられている(p.73-85)。
サイエンスカフェは2006年から毎年6回程度、紀伊国屋書店札幌本店で開催しているもの(p.90-96)。参加者の57%は新規参加者、年代の偏りはなく、職業や学業で研究に関わっていない一般参加者が61%ともっとも多かった。テーマによって参加者属性の偏りがあり、多様なテーマを組み合わせることで参加者の幅を広げることができることが分かっている。サイエンスカフェを欠如モデルに基づくPublic Understanding of Scienceに位置づけるのではなく、その先のPublic Engagement of Scienceに向けた前段階と位置付ける、フォーラム型の試み(p.96-105)。サイエンスカフェをフォーラム型にして、参加者と研究者が社会課題の解決について話し合う場としようとしている。2020年以降のオンラインでのフォーラム型サイエンスカフェの実践がある。
最後に、まだ見ぬ科学のための科学技術コミュニケーションの課題が、三つにまとめられている(p.118-122)。(1)科学技術コミュニケーションの効果を評価し、その評価結果をもたらした要因を特定すること。科学技術コミュニケーションの実践はそれぞれ内容、形式、参加者など多様であり、一般的に評価することが難しい。算出された知識や行動変容の測定といった成果物ベースだけではなく、参加者の興味関心、面白いと思ったかどうかといった自己充足的な観点を評価基準に入れること。(2)科学技術コミュニケーションを通じて得られた予見的アプローチの成果を、その次の科学リテラシーの向上や政策提言といったPESに結び付けていくこと。(3)科学技術コミュニケーションを継続し、社会の中に埋め込んでいくこと。
Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。
別館:note
コメントの投稿