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北村周平『民主主義の経済学』

とても面白い一冊。政治経済学、数理政治学の分野の入門書、教科書。政治家の政策決定行動や有権者の投票行動について、様々なトピックで初等的な経済学のモデルを紹介している。また因果推論を用いた実証研究の結果も併せて紹介し、標準的に分析されるモデルがどこまで現実味があるのかを論じている。内容はしっかりと数式を用いながら、仮定は単純化してあり、式展開を細かく追うなど初学者にやさしく丁寧な記述。この分野の魅力がよく伝わる好書。なおモデルの記述は、著者の指導教員でもあるPersson & Tabellini, "Political Economics", 2000にほぼ拠っている。

分析の大部分を占めるのは、有権者の効用を踏まえて、政治家の政策のうち、政府支出額がどう変化するかについて。すなわち、大きな政府か小さな政府かのどちらを好むか。経済の文脈では、政府支出額の意向が左寄りと右寄りを区別する(p.46-49)。もっとも基本として押さえるべきがダウンズの政策収束定理。収束定理が置く仮定ととも書いておく。

2人の候補者(2つの政党)は公約を述べ、それを守るとする。有権者全員の選好は、ある順序づけられた選択肢に関して単峰性を満たすとする。さらに、どちらも中位投票者の至福点を選んだときは、当選確率は半々とする。このとき、どちらの候補者(政党)も中位投票者の至福点を選ぶ。(p.83)

政策収束定理の実証研究としては、アメリカで女性参政権が認められた年が違う州を比較して差の差分析(DID)を行うことで、確認できる(p.83-90)。

政策収束定理によれば、選挙で選ばれる政策は中位投票者の効用が最大となる政策である。この政策は所得分布のように中央値が平均値よりも低い場合、社会全体の効用を最大化する政策とは異なる。Persson & Tabelliniのモデルを用いて、個人$i$の効用を、自分の所得$y_i$から税率$t$の税金を引かれた自分の可処分所得$(1-t) \times y_i$と、政府支出額$G$による効用$V(G)$の和$(1-t) \times y_i + V(G)$として分析すると、選挙で選ばれる最適な政府支出額は社会全体の効用を最大化するものより大きくなる$G_{\it median} \leq G_{\it mean}$。これは選挙という制度によって生み出された「民主主義のクセ」の一つ(p.113-118)。

民主主義が発展して低所得者層に参政権が拡大されれば、中位投票者の所得は低くなる。すると、所得の低い方に政策が拠るのだから、政府支出額の対GDP比は増大することが分析できる(Meltzer & Richard, 1981のモデル)。民主主義の発展度合いとの関連を因果推論するのはなかなか難しい。ここでは周辺国からの革命の波及の脅威を操作変数として分析した結果(Aidt & Jensen, 2013)が紹介される。その分析によれば、参政権の拡大と一人当たり政府支出額の間に因果関係が認められる(p.124-132)。

確率的に分布する浮動投票者を含めた分析に拡大する。本書では簡単のため一様分布を使うが、計算の最後の確率密度関数を取り換えれば、一様分布以外でも分析できる。Lindback & Weibull, 1987のモデルの分析からは、浮動投票者が多いグループほど政策的に優遇されることが示される。これは素朴にも理解できる。堅固な支持層・不支持層よりも、政策によって支持が動く浮動層にこそアピールして政策が偏る。実証研究はシエラレオネでの選挙の話がある(p.153-166)。だがこの実証結果は、政策ではなく選挙キャンペーン中の支出が分析されている。支持基盤が薄いところほど、選挙キャンペーンの支出がなされるというもので、これは政策の分析とは言い難く感じる。選挙キャンペーンの話なら、アメリカ大統領選挙でスウィング・ステートほど資金が費やされるような分析ができそう。

政治家と有権者という分析枠組みの前段階として、有権者の中から政治家として立候補する過程を入れた分析も面白い。つまり立候補者が有権者の選好に合わせて政策を変えるのではなく、もともと特定の選好・政策を持った人が立候補するというステップを考慮に入れた、Beasley & Coaste, 1997の市民候補者モデル。有権者が他の投票者の行動を考慮して自分の投票先を決定するような戦略的投票者である場合には、立候補者が1人である均衡と、2人である均衡が存在することが示される。特に2人の均衡の場合、ダウンズ・モデルや確率的投票モデルのような中位投票者への収束とは違って、極端な政策が実行されることがあり得る(p.189-200)。これはゲーム理論でよく目にする、一次元の選好の分布の上に二つの店が位置する話の応用。

政府収入のうち、どれだけを政府支出とするかについて、政治家が政府収入からレント(横取り、中抜き)をする場合のモデルもある。任期が一期のみのモデルや、再選を踏まえたモデルで変わる。多選が禁じられている場合、最終期にはもう再選を気にして有権者の効用を考える必要が無いから、全額を懐に入れればよく、レントは最大となる。それ以外の期では有権者の効用に配慮して、レントを減らして政府支出を増やすことになる(p.219-232, 248-260)。レントに関する実証研究では、(特に途上国で)選挙がある年には政府支出(財政赤字)が増える傾向があることが紹介される。しかし、(特に先進国で)選挙前の二年間の政府支出の増加は、現職の再選確率をむしろ下げる傾向があるといい、なかなか面白い(p.260-263)。

他には、大統領制と議院内閣制(議会制)のモデルを立てて比較し、議院内閣制のほうが政府支出額が多くなることを示している。最後にはメディアの役割について。メディアの影響については政治経済学でも新しいトピックらしく、モデルは紹介されず実証研究だけが示される。その中では、アメリカの地域によってケーブルテレビのチャンネルがほぼランダム(テレビ局の内容に無関係)に決まることを操作変数とした、各メディアがもつ政治傾向が視聴時間によって支持政党の変化に与える正の影響の分析が面白い(p.319-323)。イタリアでベルルスコーニのメディアMediasetのエンタメ番組の1985年の視聴時間が、1994年以降にベルルスコーニの政党Forza Italiaへの得票率に与えた正の影響の分析(p.323-327)も面白い。これは放送電波塔の関係でMediasetの電波強度が異なる地域の差を操作変数として利用している。

政治行動についてのモデルを用いた初等的な分析と、因果推論による実証研究の両方が読める一冊。政治学の実証研究はけっこう思いもよらない自然実験を探してくるので、読んでいて楽しい。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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