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太田泰彦『2030 半導体の地政学』

半導体を巡る地政学的な動きについて、ジャーナリストが書いた一冊。現状をよく俯瞰している。インタビューが難しいようなTSMC幹部などへも挑んでいる。半導体の技術内容にはそこまで踏み込んでいない。半導体の製造だけでなく、設計や設計ソフトウェア、鉱物、材料、触媒などの補助材料、需要家まで目を配っている。全般的に読みやすく手に取りやすい一冊。


半導体が地政学の話題になってきたのは、もちろん米中対立が大きい。冒頭にはバイデン大統領が開催した、2021年4月の半導体CEOサミットの話がある。ただ、この会合はあくまてデトロイトの自動車産業への半導体供給を目的にしたものである。2021年に米、中、欧は相次いで5~10兆円規模の補助金を半導体産業に割り当てる産業政策を決めている。半導体産業を巡っては、まるで軍拡競争の様相を呈している。


アメリカの最初の目立った動きはファーウェイの排除だった。ファーウェイをアメリカから排除する動きは2018年半ばから始まった。2019年5月にトランプ大統領は輸出規制リストにファーウェイを入れた。もともとトランプの対中制裁は、鉄やアルミなどでの国内産業の保護が関心事としてた。ファーウェイに照準を移したのは、国防総省や国家安全保障局の働きかけとされる。しかしこの最初のファーウェイ規制は、台湾からの半導体供給という抜け穴があった。そこで2020年5月に米国製設計ソフトウェアで製造した半導体の対中輸出を禁じた。これで、ファーウェイの子会社ハイシリコンとTSMCのつながりを断った。TSMCが地政学上の最重要プレイヤーとして認知されるのもこのころからだ。


ヨーロッパにおいてドイツは特に、南部の自動車産業を後押しする形で中国との関係強化に努めてきた。2021年にドイツが変心し始めるのは、その自動車産業の変化による。機械工業に強みのあったドイツ自動車産業だが、EVに置き換わっていくとその強みは消える。中国を重視し続けることは、次世代の自動車技術で中国に生殺与奪を握られかねず、中国への深入りは危険だと考えられるようになった。この指摘はかなり興味深い。


その中国について、制裁を受けて中国は半導体の国内製造を強化している。その動きは目立ってはいないが、半導体製造装置メーカーの動向から間接的にうかがえる。もっとも注目すべきは上海の中微半導体設備(AMEC)というメーカー。2004年に米国からの帰国組が創業した企業で、トランプ大統領の制裁リストにも入っている。中国の国策ファンドによる支援と、アメリカの禁輸措置による代替需要で売上を伸ばしている。ほかにもシリコンウェハーやフォトレジストの分野で中国企業の成長が大きい。


他に中国の動きとしては、2021年にSMICが深圳で線幅28nmの半導体工場建設を発表している。数nmを巡る線幅の開発競争の中で、28nmはずいぶんと旧世代に見える。最先端の工場を建設するよりも、半導体の供給量を増やして深圳のエコシステムを維持する意図ではと推察される。このことは、最先端だけ見ていると動向を見誤る危険があることを示している。最先端の半導体をすべての需要かが必要とするわけではない。また、国際的な自由貿易協定を乗っ取ろうとする中国の動きに注意している。中国が加わってできたRCEPのデジタル条項は抜け穴だらけのザル法だ。中国の言う国際ルールは自分たちに都合の良いルールのことにすぎない。


TSMCはアメリカや日本を相手に戦略的な動きを見せている。日本とは東京大学と共同研究を仕掛けており、その経緯は本書のハイライトの一つ。東大とTSMCの連携は、2018年末の五神総長のTSMC訪問から始まっている。2019年10月には会員制のオープンな研究組織d.lab、2020年8月には個別企業とのクローズドな研究組織RaaSが立ち上がった。一方、アメリカはアリゾナにTSMCの工場をかなり強引に誘致した。そこで鍵となったのは、(1)巨額の補助金、(2)半導体の国内市場の大きさ、(3)台湾防衛の軍事力であった。


日本の動きについても政府の動きから小さなメーカーの動きまで目を配っている。2019年7月の日本政府による韓国への化学品の輸出管理の強化は、安全保障のための多国間の輸出規制の枠組みを二国間の経済制裁の手段として使える、という発見だった。3つの対象化学品のうち、フッ素は生物・化学兵器に関する規制の対象。だが残りのフッ化ポリイミドとレジストは通常兵器の規制対象であり、輸出制限としてまとめて扱えるものではない。全般的に、この輸出規制は悪手であり、筋も通らないものののように批判される。


日本の半導体産業は苦しいが、有望な技術もある。光でトランジスターを作るNTTのは、電融合素子技術と、IOWN構想。次世代の半導体で日本が地政学の中心になるだろうか。望みがある日本のその他の技術。キオクシアのメモリー、富士通が富岳で培ったロジック半導体、数nmの線幅のチップの開発と設計を受託開発するソシオネクストなど。半導体の設計、製造、利用の3種類のうち、日本が強いのは製造段階だ。TSMCやサムスン電子といったファウンドリーに製造機器を提供する東京エレクトロン、シリコンウエハーの信越化学、パッケージ基板のイビデンなどがある。一方、アメリカが強いのはGAFAを始め、利用する側の企業が多いこと。


その他の国について、シンガポールは日本で想定されているよりもずっと親中国であることが注意される。シンガポールが中国のサプライチェーンに過度に組み込まれることをアメリカは警戒している。シンガポールの経済開発庁(EDB)は建国以来、自国が優位に立てるような産業・技術を探し、投資してきた。現在は、半導体を次の国家戦略に定めて外国企業を誘致している。他に注目国はアルメニア。特に2004年にアルメニアに進出した、シリコンバレーの半導体設計システム世界最大手、シノプスの存在感は大きい。


半導体産業の課題はシリコンサイクル(半導体産業にみられる約4年周期での景気循環)をどうやって解消するかと、三次元積層による電力消費の削減だとされている。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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