読んだ本をひたすら列挙。読書のペース配分とその後の読み直しのためのメモ。学而不思則罔、思而不学則殆。
よくある価格設定の仕方とは違う、様々な価格戦略について書かれている。実験的なものもあれば、サブスクリプションなどいまではすっかりお馴染みの価格戦略もある。ちなみに原著は2010年刊。
よく採用される単純な価格戦略3つとその問題が挙げられている(p.11-25)。(1)コストプラス法による価格設定。コストに適切な投資収益を加算した料金しか設定できない。コストを最小化する動機が無くなり、長期的には価格が上昇する。コストを下げる方法を生み出したのであれば、その努力の分、利益を得るのが公正というものだが、コストプラス法ではそれができない。また消費者への調査結果からも、原材料費の低下は価格に還元されるべきだが生産方法の改善はそうではないと出ている。(2)競争に基づく価格設定。これは価格を下げるチキン・ゲームをもたらし、シェアを追うだけの非合理的な競争になる。見えざる手が機能するのは、各主体が賢明な自己利益を動機として行動する場合のみである。価格競争はえてしてそうした賢明さ、合理性を失わせる。(3)需要に基づく価格決定。これは顧客によって価格を変えること。こうした差別的な価格設定は優良顧客の反発を招く。顧客に比較購入を促すことになり、売り手はコスト削減が至上命題となる。そして悪貨が良貨を駆逐する結果になる。
結論を先取りすれば、今日における価格設定の鍵は3つだとされている(p.281-287)。(1)顧客を起点に考えること。顧客が自社の商品・サービスの何に価値を見出しているか理解すること。顧客の購買行動に細かく関心を払うこと。(2)顧客によって価格を変える、差別価格を設定すること。(3)商品の価格の付け方は一つではないこと。
最初には顧客が自分が払いたい額を払うpay as you wish方式が論じられる。より一般的にはpay what you wantやvalue-for-value modelと言われるようだ。この方式の価格設定で有名になったのは、radioheadのアルバム"in rainbows"だ。だが、大道芸人へのチップなどで昔からある方式とも言える。他にもシアトル郊外のカフェ"terra bite lounge"とかで試みがある(tだし試行は1年しか続かなかったようだ)。売り手としてはその商品がより幅の大きい別の商品とのクロスリングを促すか、通常の価格設定より大きな利益をもたらすと期待してこの価格設定を用いる。顧客の関心を自分の払う価格から、その物・サービスの経験の認知価値に集中させる点で、経験財に価格をつけるよい方法かもしれない(p.36-49)。
pay as you wishが成功する財・サービスには、5つの特徴があるいう(p.50-61)。(1)限界費用が低い。ソフトウェアなどのメディア財や知財が適する。(2)何も対価を払わないことに抵抗を感じるような、公正さの意識を持つ顧客が存在する。社会的監視が行われているなど。(3)顧客の支払意思額に大きなばらつきがあり、高く払ってくれる顧客で利益が得られる。(4)売り手と買い手の間に強いつながりがあり、買い手は売り手に配慮する傾向がある。(5)競争的な市場である。消費者に自分の払いたい額で価格を設定することにより、企業は価格競争を避けることができる。
フリーミアムモデルや広告モデルのように、無料とするのも価格戦略の一つである。昔からある企業は、自分も無料のビジネスモデルを築いて他社の無料ビジネスモデルに対抗するのは難しい。例えば、新聞社は無料ビジネスに対抗する状況に陥っている。必要なのは無料化よりもむしろ高価格をつけることである。新聞社にはデジタル技術への適応の他、高価格に見合う魅力的な価値提案、提供タイミングや特権的アクセスなどを設けることが求められる(p.80-87)。
値下げ戦略については類書でもよく論じられており、少なめに論じられる。値下げによって売上数量を拡大しようとする価格戦争が効果的なマーケティング戦略になる状況は、増分損益分岐点分析という単純なフレームワークで考えることができる。価格戦争はよく、負け犬の戦略とみなされる。だがこの戦略はむしろ、最も効率的な企業が利益率の高い産業において実行するときに、最も効果を発揮する。中国企業のコスト優位性と有利な為替レートを考えれば、中国企業が欧米市場に参入するとき価格戦争を始める傾向があるのも合理的である。家電業界で価格戦争を仕掛けたチャンホンやギャランツは、ただ闇雲に価格を下げたのではない。値下げに先立って在庫を増やす、生産を増強する、戦略的な資源を買い占める、流通チャネルを確保するなど、入念な準備を行って成功している(p.108-114)。
面白いのはアパレルのシムズの自動値下げの戦略(p.148-154)。シムズでは一つの商品に対して、全米平均価格とシムズの小売価格に並んで、今後の値下げ後の価格(10日間隔で付け替えられる)という、3つの値札がついている。この値下げ後の価格は、明示されている日にその価格に自動的に値下げされる、というもの。この自動値下げ戦略の強みは6つ。(1)全米平均価格と併記されているので、シムズが安いことが分かる。(2)価格が下がることが分かっていることは、商品が流行遅れになることを表している。流行に敏感な顧客にプレッシャーを与える。(3)価格感度の異なる顧客に同時にアプローチできる。(4)買い物という日常的な活動に、一種のギャンブル性を与える。(5)値下げ後の再来店を誘い、リピート顧客を増やす効果がある。(6)後で安くなった値札を見るという、買い手の後悔を減らす。こうした自動値下げシステムは、時間価値を持っていて陳腐化する商品で有効。ただし、追従者はほとんどいない。なぜさほど普及しないのかは分析されていない。
むしろ顧客が価格を指定する購入価格指定方式。航空券販売のプライスラインは、この戦略をが取った。顧客は日付と目的地と価格だけ指定する。航空会社、時間、クラスは指定できない。購入可能な航空券があれば決済され、無ければ失敗する。同じ日付と目的地では価格を変えてもう一度試すことはできない。価格感度の高い顧客だけを選別し、それら顧客層に適合する価格で売るための方法とされる(p.172-179)。同じように、クーポンやプライベートブランドも、価格感度の高い顧客を選別する手段だ。価格感度の異なる顧客層の間で支払い意思額にあまり差がないと、これらの戦略は機能しない(p.181-187)。
サブスクリプションサービスは、購買パターンで分かれる顧客層のマーケティング収益性を反映したものと見ることができる。ここでマーケティング収益性とは、あるカテゴリの商品を主に買う顧客が、他のカテゴリの商品も買うかどうか、つまり全体の収益への波及効果を表している。全体収益への波及効果の大きな顧客層であれば、サブスクリプションサービスを提供することで、他の商品カテゴリの購買を期待することができる。アマゾンのsubscribe and saveプログラムや、アマゾンプライムの戦略はこれに当たる。マーケティング収益性の高い商品は、たとえ会計上の収益性(売上とコストの差額)が小さくても、赤字であっても置いておくべき商品となる(p.205-212)。他には例えば、マクドナルドのハッピー・ミールもマーケティング収益性を考慮した好事例だ。子供は親を連れてくるため、子供単体での会計上の収益性がおもちゃを付けることによって下がっても、マーケティング収益性は高く、効果がある。マックカフェによるコーヒー愛飲者層へのターゲティングも同様。コーヒーの売り上げは、ペストリーだけでなくハンバーガーの売り上げも伸ばした(p.218-221)。このマーケティング収益性という考え方は重要だろう。
商品そのものの機能ではなく、商品を保持することの満足感、表現的便益によって高価格を付けて売れるものもある。クレジットカードのブラックカード、ヘッジファンド、トランプの超富裕層向けマンション、化粧品など。ただしこの戦略が通用するかは文化的背景による(p.229-238)。みんなこうしたプレミアム戦略、付加価値戦略を狙おうとするがなかなか難しいことが分かる。
成功報酬型の価格戦略では、2007年のジョンソン・アンド・ジョンソンの抗がん剤のケースがある。薬価が高く効果が信頼できないという保険当局に対し、効果がなければ薬剤の代金を全額返還すると提案した。企業は自社製品を信頼している企業として認知されるほか、初期のリスクを埋め合わせるためにプレミア価格をつけられる。他にはアウトソーサー、広告代理店などもこの戦略を取ることがある(p.258-263)。成功報酬型の価格の利点は3つある。(1)買い手の先行投資のリスクを小さくして買いやすくする。ただし売り手のリスクははるかに大きなものになる。(2)価格競争を少なくする傾向がある。(3)何をもって成功とするか事前に話し合うため、買い手と売り手の間により緊密なコミュニケーションが生まれる(p.265-268)。ただし成功報酬型の価格設定が成功するには、4つの条件がある。(1)結果が測定可能であり、証明可能である。(2)買い手の全体的な成功ではなく、特定の限定的な範囲の成功であること。(3)失敗しても売り手が破綻しない。(4)成功にはたいてい買い手の協力が必要であるから、結果が買い手にとっても価値があること(p.270-275)。
Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。
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