モンドラゴン協同組合企業体についての本。モンドラゴン協同組合企業体は1956年にスペインのバスク地方のモンドラゴンで設立。2000年には、3万人以上の労働者と60億ドルを超える年間販売高を有する。企業、大学、研究機関、さらに独自の協同組合銀行(労働人民金庫)を組み入れている(p.9-11)。資本主義社会にあって、通常の利益追求企業ではなく、従業員の出資からなる協同組合として運営されている。1996年時点ではモンドラゴンの企業は四つのグループに分割されている(p.22)。金融グループ6社、工業グループ67社、流通グループ8社、教育や研究を行う法人組織グループ15社。
モンドラゴンについての本はいくつかある。この本は、創設者であるドン・ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父の思想に大きくフォーカスしている。そのため、モンドラゴン自身の説明や発展については簡潔。アリスメンディアリエタの経営思想、社会経済思想について広く論じている。モンドラゴンの基礎をなしているのは、アリスメンディアリエタのユダヤ教的・キリスト教的価値基準であるという。
モンドラゴンが通常の企業と根本的に違うのは、経済的な側面、つまり賃金、内部経済、利潤分配のシステムである(p.33-36)。賃金はある数値比率に従った、公平公正な方法で分配される。大多数のグループは労働者組合員の間の所得格差は最大4倍程度である。労働者組合員になるためには、試用期間中の能力のテストのほか、未熟練労働者であれば通常一年分の賃金を出資する。給与はまったく固定されておらず、各年度の初めに企業の予測事業所得に照らして合理的とみなされる数値が提示される。給料およびその他の費用を控除した後に残る利潤は、典型的には、社会・文化基金に10%、企業の積立基金に20%、組合員に70%が分配される。
モンドラゴンの労働者は、仕事を法律で保証されているわけではないが、事実上、保証されている。ある工場で過剰になった労働者は、地区協定を通して同じ地区にある他のモンドラゴンの工場で再訓練を受けて雇用される。マネージャーは通常、地区協定のシステムを利用して、高度な熟練技術を持つ労働者を積極的に雇用する(p.61f)。
スペインのEU加盟によって、モンドラゴン・システムは剥き出しの市場競争に生き残れないだろうと評されていた。だが1991年から96年の間に、モンドラゴンは輸出量を2倍以上に伸ばした(p.39f)。こうしたモンドラゴンの成功は、世界金融危機以降、古くて新しい企業のモデルとして注目を集めている。
モンドラゴンの創設者たちは、1939年にバスク人が独裁者フランコとの戦いに敗れた時、その絶望感を克服する唯一の道はバスク的な価値に希望を託すことだと考えた。フランコ時代においてバスク人に残されていたものは、その人的資源だけだった。創設者たちは、バスク地域に失業者がいる限り、新しい事業を起こし続けることが道徳的責任だと考えた(p.47, 53)。バスクの人々はフランコが支配するマドリッドからの資金に頼れないことが分かっていたため、各事業体はお互いに協力し合い、バスクの人々の資金をバスク地域の産業のために利用することを考えた(p.67f)。こうしたある種追い込まれた、自助・地域共助の必要性がモンドラゴンの背景にある。
そしてモンドラゴンの精神的支柱となったのがアリスメンディアリエタの思想だ。アリスメンディアリエタの新しい社会秩序を建設しようとする決意は、教会の社会的教義(理論を実践に、信仰を労働workに結びつけることを求めるユダヤ教・キリスト教の伝統の基本原理)、バスクの社会的伝統(連帯と勤勉)、社会主義認識論、人格主義哲学の4つの伝統に根ざしている(p.72-76)。
個人的にポイントと思ったのは、マネジャーの重視だ。通常の企業だと当たり前だが、協同組合は出資者が平等である建前上、誰かがリーダーシップを取って意思決定を行うのが難しい。アリスメンディアリエタは経営管理の重要性を指摘している(p.89f, 109-114)。科学技術とその科学技術を用いた経営管理が、企業の余剰価値を生む要因の一つだと論じた。つまり意思決定を行うマネージャーの存在が強調された。これはすべての意思決定は労働者の参加によって改善される、といった毛沢東の経営管理論と対比的である。
マネジャーの存在と並んで、アリスメンディアリエタが伝統的な協同組合の弱点として批判したのは、資本の利用という点だった。協同組合が現代社会でその機能を果たすためには、科学技術を必要とする。そのためには膨大な額の資本を必要とする。伝統的な協同組合は資本や信用の利用が弱かった。モンドラゴンが工業部門(ファゴールなど)を中心に据えているという事実は、ヨーロッパの他の協同組合運動とまったく異なったものであることを示す(p.95-97)。またモンドラゴングループのスーパーであるエロスキは、スペイン全土に拡大しているし、工場は国外にもある。これらは、地域の雇用を維持するために外に打って出る、という考えをなしている。協同組合で新規の取り組みがやりにくいという難点もカバーしている。
モンドラゴンの経営モデルは、資本主義企業、ソヴィエト企業と比較されており、これが分かりやすい(p.122)。
- 資本主義企業モデル:資本優先、労働の資本への従属、コミュニティの濫用
- ソヴィエト・モデル:官僚優先、労働の資本への従属、コミュニティの軽視
- モンドラゴン・モデル:コミュニティ優先、資本の労働への従属、コミュニティ優先
バスクのモンドラゴンのほかに、バレンシアとカナダでの類似の試みが紹介される。バレンシアはバスクと並んで、フランコ政権の弾圧を受けていたため、協同組合企業体が成立する背景が似ている。逆にそれ以外の、カナダなどではこうした背景を共有しておらず、どうしても展開の広がりが狭い。大きなものはカナダ第三の鉄鋼会社アルゴマ・スティールくらいだ(p.168-170)。いかに他に頼らず、地域内で完結する仕組みを構築する切実なニーズがあるかがポイントなのだろう。
バレンシアにおける協同組合企業の試みは、ヨーロッパ全体が既存の秩序に異を唱えていた1960年代に始まる。若き活動家ジョセフ・ソリアノたちは、1969年に住宅協同組合コピバルを設立。1971年にアリスメンディアリエタに会って、単にサービスを供給することと、コミュニティのために富と雇用を創出することの違いを学び、コンサルティング会社コインセルを設立し、銀行、工場へと繋がっていく(p.133-139)。
本書にはあまり協同組合企業体の問題点とその克服については記述が無い。ただバレンシアの例では、フリーライダーの問題が起こっており興味を引く。バレンシアの協同組合金融金庫カイクサは、1983年から理念を共有しないフリーライダーが増え、困難に陥った。そのような協同組合メンバーは、中央グループの言うことは受け入れるが、コミュニティの発展に寄与する責任を進んて担おうとしなかった。そこでリーダーたちはモンドラゴン代表団を招聘してセミナーを開催し、1989年には新しい組織機構であるバレンシア協同組合企業グループGECVが形成された(p.145-147)。つまり、設立の理念ん、ヴィジョンに立ち返ることの必要性が説かれている。
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