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横澤一彦編『認知科学講座4 心をとらえるフレームワークの展開』

近年の認知科学の新しい展開について。統合的認知、プロジェクション科学、予測的符号化、自由エネルギー原理、圏論的認知、記号創発システム、全脳アーキテクチャについて書かれている。特にプロジェクション科学、(内受容感覚に例を取る)予測的符号化、自由エネルギー原理については優良なサーベイ論文となっている。
統合的認知はほぼ共感覚についての研究のサーベイ。共感覚の個人差や文化差について書かれている。プロジェクション科学の章は、記号的人間理解の第一世代(1970~1990年代)、身体性認知科学の第二世代(1990~2010年代)に続く、認知科学の歴史的展開の第三世代(2015年~)としてプロジェクション科学を位置づけている。その適用範囲は事物の知覚からフェティシズム、宗教といった高次の価値観の投射まで及んでいる。こうまで広く関係するとなると、何もかもプロジェクションに見えてくる。ソースが実在の対象か、ソースとターゲットが同じ対象かどうかで投射、異投射、虚投射という三つに分けている(p.42)が、プロジェクション科学で実在性をどう位置づけられるのかが気になる(観念論の疑い)。
内受容感覚の章は2021年の論文など最新の情報が多く含まれ、とても有用なサーベイになっている。感情状態を作り出すメカニズムが、内受容感覚の予測誤差なのか、報酬予測誤差なのか、両者がどう関連し統合されるのかはまた研究例がなく、独立に検討されている(p.80-82)という点に目が留まる。また、大腸と腹膜の炎症に対応して活性化した島皮質のニューロン群をDRE-ADDで再活性化すると、逆に大腸と腹膜に炎症が実際に起きていて、予測誤差を縮小させるために身体に炎症を起こさせたものと考えられる(p.88f)という話はなかなか衝撃的だった。

後半の圏論的認知、記号創発システム、全脳アーキテクチャの3つは、これらの著者がリードして進めている研究を自己解説しているものになっている。圏論的認知では、比喩関係をコスライス圏の間の関手の自然変換として理解しようとしている。また圏論に確率過程を組み込もうとしている点も面白い。基本は射に確率を付与した潜在圏と、その確率に従って生起した顕在圏に分けて考える(p.160f)。圏論と確率論ではマルコフ圏という定式化があるが、著者は量子力学を念頭に置いた非可換確率論を定式化しようとしている。記号創発システムと全脳アーキテクチャの話は他所でも見るところ。ただ全脳アーキテクチャについては、書籍としてまとまっているのはこの章がよい参照先となる。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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