
コモンウェルスは進化しなければならない--技術的にはもちろん、文化と組織体制も。 協同組合は殊勝なリスク回避体質をどうにか乗り越えて、新しいベンチャーを支援するだけのリスクを取る手段を見つけなければならない。民主主義は昔からリスクだった。 協同組合の後継者たちも、創業者と同じようにリスクを取るチャンスに挑戦してよいはずだ。
未来は不当な巨利を得る人々だけに席が確保された世界である必要はない。人類を月に送ったのはまがりなりにも民主的な諸機関だった。シリコンバレーの投資家たちが自分たちが発明したかのような顔をしている技術も、多くはそれらの機関が後援したのだ。 そして協同組合は、主流の経済では不可能な形で人々の生活を支えてきた。 未来にはまだ、今以上に、コモンウェルス実現の可能性がある。(p.348)
協同組合という組織形態を、新たに生かしていこうとする欧米の様々な取り組みを紹介するもの。協同組合はもともと、自分たちが望むものを他人任せではなく自分たちで行おうとする発想にある。現代的な協同組合は1884年、マンチェスター近郊のロッチデールで織物工たちによって生まれたロッチデール公正開拓者組合に端を発している。協同組合は社会秩序が変動し、誰にも頼れないことを人々が自力で解決しなければならない時代に定着しやすい(p.8)。現代もまたそうした時代かもしれない。
競争と利潤の追求を行う私企業が幅を利かせ、進歩をもたらしたと現代社会では考えられている。協同組合はそうした社会では何だか古い、例外的な仕組みのように考えられるかもしれない。だが協同組合はしたたかに痕跡を残し生き残っている。協同組合は世界に260万ほどあり、世界の雇用の10%を生み出しており、その収益は世界GDPの4.3%に及んでいる(p.13-15)。消費者の購買組織である生活協同組合や農業・漁業における協同組合が有名。だが例えばAP通信は協同組合として運営されている(p.245ff)。またアメリカでは国土の75%で電力が協同組合により賄われており、その組合員兼所有者の数は4200万人に及ぶ(p.257)。
本書はこうした協同組合の現在の様々な姿を紹介していくが、木を見て森を見ないように思われる。個々の非常に様々な取り組みが紹介されるものの、全体的な像は見えない。抽象化する視点が足りず、どういうところで協同組合が有効で、協同組合それ自体にどんな課題が生まれ、そして実例としてそうした課題がどうカバーされるのか。個々の例を著者はなぜ取り上げて、そこから何を言おうとしているのか。こうした点が不明瞭で読みにくい。つまり具体的で分かりにくい。
著者は単なるジャーナリストではなくて、新しい協同組合の姿を自ら模索している。著者も立ち上げと普及に奔走するのがプラットフォーム協同組合だが、まだ実例は少ない。これは種々のプラットフォームを協同組合として運営するものだ。それによって、プラットフォーム運営者の利益を目的とせず、生産者と消費者の双方にとって有益なプラットフォームを目指す。少ない実例としては、音楽を共同保有するストリーミングサイトResonateや、ギグワークのロコノミクスというものが挙げられている。他にもUberやAirbnbに対抗するサービスなど(p.225-234)。協同組合モデルをプラットフォーム経済に持ち込んだ先駆者は、Stocksy Unitedである。画像素材提供サービスのiStockにいたブリアナ・ウェットローファーが、利益を求める投資家からのアーティストへの支払額引き下げ圧力に嫌気が差した経験から設立された(p.222-224)。
カーシェアリング、クラウドファンディング、ソーシャルネットワークといった何らかの共有を核とする事業はいずれも、以前なら協同組合によって行われていたことだ。新規企業にとって、顧客や従業員からよりも外部投資家から資金を調達する方が簡単になったため、いまは企業として行われている(p.120f, 217f)。実際、デンバーではタクシー業界の3分の1を組織して、2016年にグリーン・タクシー協同組合が作られた。組合員であるタクシー運転手は会社の所有者もある。会社の方針を全員で話し合って、ウーバーなどと戦う(p.128-134)。
国際協同組合同盟(ICA)は、協同組合の7原則を掲げている(p.19f)。(1)自発的で開かれた組合員制、(2)組合員による民主的管理、(3)組合員の経済的参加、(4)自治と自立、(5)教育、訓練および広報、(6)協同組合間協同、(7)コミュニティへの関与。第6原則にあるように、協同組合どうしが協同し、さらに上位階層の協同組合を形成する。これが協同組合共同体(commonwealth)、互いに連動しながらも個々に自治を行う事業体で形成された経済で、これが協同組合の目指す姿となる(p.10)。ここに資本主義のオルタナティブを見る人たちが多くなってきている。
協同組合共同体は初期キリスト教にくっきり見ることができる。『使徒行伝』は信徒たちによる資産の共同管理を伝えている。キリスト教世界が帝国的になった後でも、13世紀の托鉢修道会、特にフランチェスコ会の修道院において共有の精神が現れる(p.41-44)。こうした宗教共同体は所有よりも貧困、自治よりも服従を重んじる傾向がある。この点で宗教共同体に見られる共有主義は、現代的な協同組合事業体と符合するわけではない。ただ、現代の協同組合は長い年月にわたる共有と共同の習慣の延長線上にある(p.65)。現代的な協同の仕組みは、18世紀後半には生まれている。1768年のニューヨークの縫製職人たちの協同組合工房、1783年のニューオーリンズの解放奴隷たちによる忍耐博愛共済組合など。またロバート・オーエンという重要人物がいる。オーエンは19世紀初頭、スコットランドのニュー・ラナークの工場、インディアナのニュー・ハーモニーで協同組合的組織を形成した。オーエンに影響を受けてイギリスのロッチデールで協同組合の確立に大きな役割を果たしたのが、ジョージ・ヤコブ・ホリヨークだ。ロッチデールでは、私財で家父長的な共同体を作ろうとしたオーエンとは違って、受益者に責任を持たせた点が重要。このロッチデール・モデルは広がり、1852年には産業節約組合法として(1856年の株式会社法に先立って)法的資格を得た(p.68-72, 76-83)。
協同組合は、企業に利益を独占されずに関係者全員が利益を得る魔法の形態ではない。電力協同組合を実例として、協同組合の課題が見られる。全体の利益を考慮するゆえの保守性、上位の組合との連合を考慮した柔軟性の欠如、所有意識なき組合員(地域電力は協同組合以外に選択しかない)とそれによる意思決定の不透明性など(p.263-274)。こうした古くからある課題を、現代的にどう解決していくアプローチがあるのかが知りたいが、本書にそれはあまり明確に書かれていない。
本書には実に大量に協同組合の試みの例がある。協同組合の先進国としてのケニア。労働者を向上させるために、19世紀末にイギリスが協同組合事業を持ち込んだ。協同組合は、独立後には国家が主導する「アフリカ社会主義」の基盤となった。農業組合や信用組合など、いまでは人口の63%が協同組合で生計を立て、GDPの半分近くを占める(p.99-104)。MXGM(マルコムX草の根運動)の支援を受けたチョクウェ・ルムンバが2013年、ミシシッピ州ジャクソン市長になる話と、遺志を継いだ息子の話。黒人たちが自己決定する共同体の創設を目指す。意見集約の集会、集会に説明責任を負う政党、公的援助による地域協同組合の経済開発を三本柱とするジャクソン・クッシュ計画について(p.284-307)。例えばその地方でこの共同体から排除される白人たちやヒスパニックなどをどう包摂するのか。
もちろん、現代的な情報技術を活かしていく流れもある。2014年初めには、もともと欧州評議会がスポンサーした公開分散型シンクタンクから生まれたハッカー集団「エッジライダーズ」が、イタリアのマテーラの古代洞窟住居「サッシ」に移り住んでオープンソースを開発するunMonastryのプロジェクトを行った。それはもともと政治的サブカルチャーだったインターネットが、それ自体帝国的になったことへのアンチテーゼと見える(p.45-57)。さらには、著者はイーサリアム創設者たちを昔から知っているらしく、暗号資産にまつわる話題もある。ただ2018年の執筆なので、昨今話題のDAOの話は少ない。スペイン北東部で協同組合のネットワークCICを組織したエンリック・ドゥランという人が長く扱われている。組合員の間の決済で使われる、ローカル通貨エコを使い、暗号通貨を用いたCICのグローバル版であるフェアコープの構想(p.173-198)。これはDeFiによる金融包摂の例だろう。
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