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牧兼充『イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学』

経営学における因果推論を用いた実証研究について。実際の論文の内容を紹介しながら論じている。経営学の中でもイノベーションを対象としている。イノベーションが社会に及ぼす影響、大学など研究機関や研究者とイノベーションの関係、VCの効果などが分析の対象。


経営学における実証研究アプローチはまだ日本ではさほど多くない。日本で一般に知られている経営学は、何らかの成功例や失敗例を取り上げたケーススタディから敷衍したものが多く、データを用いた実証研究はあまり知られていない。データから実証的に研究するには実験が欠かせないが、経営学のような分野ではことさら人為的な実験は難しい。そのため、うまく自然実験となるような事例を持ってきて因果性を論じることになる。その自然実験の妙がとても面白い。


面白い自然実験としては、起業のピア効果。知り合いに起業家がいると起業割合が上がるのかどうか。単純な分析だと、起業を検討するような人の周りには同種の人が集まるので、ピア効果は直接観測できない。本書の紹介する論文では、ハーバードビジネススクールのクラスを分析している。このクラスはランダムに決定されるので、ランダム割付とみなせる。それによると、起業経験者はクラスメートの卒業後の起業を減らす効果をもつ。つまりピア効果はマイナス。ただし起業失敗率も下がっているので、悪いアイデアでの起業を思いとどまらせる効果と考えられる(p.74-78)。また、スターサイエンティストが周囲に及ぼす影響の分析では、スターサイエンティストの突然死を操作変数としている。それによれば、スターサイエンティストが周囲に及ぼす影響は大きく、スターサイエンティストによるアイデアの提供とメンタリングが主な要因。スターサイエンティストの素質の中でも、論文の謝辞に登場する確率が高いかどうかで測られる、ヘルプフルネスが重要な要素(p.94-101)。


スターサイエンティストの重要性は、この本で説得的に語られることの一つ。科学的成果の大きな科学者が起業に関わることで、会社もうまくいくし、周囲の研究者にも効果は波及し、翻ってスターサイエンティスト自身にも好結果をもたらす。バイオテクノロジーの研究では、スターサイエンティストとの共著論文があるかどうかがベンチャー企業の特許数と関係あると分析される。バイオベンチャー企業の特許数への影響は、スターサイエンティストがいる地域かどうか(スピルオーバー効果)、トップ大学との共著論文数、VCの投資額より効果が大きい(p.82-85)。


実証研究では何とかしてデータを見つけてこなければならず、結果の解釈がやや苦しいように見えるものもある。イノベーションに大企業と小企業のどちらか向いてるかの分析は、産業によって異なるという結果を導いていて、結果自体には説得性が高い。しかしこの分析で目的変数とされる成功は、研究者が主観的に評価したイノベーションと呼べる製品の数で比較していて、客観的で他でも使える指標ではない(p.37-44)。VCが与える影響の分析として、アクセラレーターが支援したベンチャー企業は資金調達額が少なく、廃業までの時間も短いというものがある。この結果は、アクセラレーターが支援したベンチャー企業は少ない資金で事業活動継続できており、成功の見込みのない事業を見切るのが早いと解釈されている。しかしこの結果はアクセラレーターが支援すると、他からの資金調達が難しくなり結果として事業が失敗するというようにも読める(p.150-155)。ベンチャー企業がIPOまで至るのに影響が大きいのは、ビジネスモデルの一貫性だという分析は、ピボットストラテジーと矛盾ような結果だし、因果推論はしておらずバイアスの大きな研究だが紹介されている(p.170-174)。


無いものねだりだが気になるのは、p値<0.05だから統計的に有意でこの要因は影響がある、とやや単純に書かれていること。また、効果量を見ていないので、たとえ有意だったとしても議論するに値する程度の効果なのかどうかが分からない。ともあれ、こうしたアプローチの本が日本でも出てきている(かつ話題になっている)のはとても好ましい。他にも実証的な経営学の話はいくらでも読みたい。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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