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フランシス・ウェスリー、ブレンダ・ツィンマーマン、マイケル・クイン・パットン 『誰が世界を変えるのか』

社会起業家は、新しいドアをつくりだす人間ではない。ほかの人より多くのドアに取り囲まれている人間でもない。単にドアに気づくのがうまい人間であり、ドアを信じる人間だ。ドアを信じる者にとって、ドアはそこにある。(p.252f)
社会変革の起こし方について。起こし方といっても、こうすればうまくいく、といった方法論とは一線を画している。原題は"Getting to Maybe"(「かもしれないを目指す」)で、社会変革を起こせるかもしれないと信じて向かっていく、というくらいができることの大部分だ、という主張。


社会を複雑系として見るというアイデアが本書の鍵となっている。社会変革を理解するためには、世の中を単純(simple)あるいは煩雑な(complicated)ものではなく、複雑な(complex)系として見なければならない。複雑系には創発があり、全体は部分の総和によっては説明されない。対比される煩雑なものとは、全体が個々の要素に分解されるものであって、単にその数が多いというだけもの(p.26-33)。社会を複雑系とみなすことによって、小さな試みが社会全体を変革できる可能性を持っていると考えられる。昨今流行っているシステム思考と通じる発想だろう。


複雑系としての社会を変えるには、決定的な方法はない。なにせ事前には予期しないことが創発によって起こっていくものと捉えるのだから。よって、社会変革を起こすには、結果を予測できなくても、変化により繋がりそうな相互作用を忍耐強く生み出すことだとされる(p.41)。世界をコントロールするのではなく、曖昧さを許容し、次々と生じる予測不能な成り行きに柔軟に対応する姿勢が必要だ。社会起業家とは、突進する荒馬にまたがるリーダーではなく、嵐の海に翻弄されながらも、天候を読み、変化に対応し、船を操る船乗りのイメージである(p.43)。


そして創発的に社会が変わる瞬間がやってくる。例えば専門職の構成比が5%を超えると、10代の妊娠と高校中退の件数は劇的に少なくなるという、ジョナサン・クレインの研究が挙げられる。5%が相転移を起こす境界である(p.39)。創発が起こって物事が一気に動くときは、集団的なフロー体験が得られるとされる。これはデュルケムの集合的沸騰の概念である(p.154-157)。集合的沸騰が起こるには、創発の可能性に対する信頼、創発を促す単純なルールがあるという感覚が必要だ(p.168)。


社会起業家には、今こそ選択の余地なく自分がやらねばならないという使命感を感じるときがある。使命を感じたりするのは、社会システムの方にストレンジ・アトラクターが構成されて変化の準備が整ったというサインかもしれない(p.57, 62-65, 75f)。社会の課題を強く意識し、どうすればいいかを考え続けている人には、社会が変わりそうな瞬間が見えるのかもしれない。


とはいえ何も方法論がないわけではない。社会変革の過程は、ホリングのレジリエンスのサイクル(解放、再編、利用、維持)から捉えられるとされる(p.94-101)。既存のプロセスに使われていた資源(ヒト・モノ・カネ)が解放され、社会変革へと再編され利用される。そしてその後に、維持されていかなければならない。また社会起業家には、大きなビジョンと並んで、現実を冷静に直視するという現実検証が必要だ。社会変革に適した現実検証の仕方は、計測可能な目標が計画されていて、その目標がどう達成されているかを問うような従来の評価手法はふさわしくない。展開に沿って行動の影響を追跡して学習し、新たな状況に適応することを重視する発展的評価が必要(p.198-201, 204-208)。


抽象的にまとめたが、本書は多くの社会変革の事例にあふれている。ライブエイドを企画・主導したボブ・ゲルドフ、カナダの先住民族の権利を訴えたリンダ・ランドストロム、ギャングに向き合いボストンの治安を改善したジェフ・ブラウン牧師、カナダの障碍者支援コミュニティPLANを立ち上げたジャック・コリンズ、カナダで10代の母親を支援したメアリー・ゴードン、カナダで緩和ケアを広めたバルフォア・マウント医師、草の根運動と政府レベルが連携したブラジルのHIV/AIDS対策、大虐殺を訴えつつも止められなかったルワンダ平和維持軍のベルギーの司令官ロメオ・ダレール中尉、カルフォルニアの飲酒運転防止運動のキャンディ・ライトナーなどなど。


ただ、多くの事例は成功例だ。社会を複雑系と捉えるのはよい視点だと思うが、これだけだと、何が起こるか分からないが社会変革を信じてひたすら努力せよ、くらいのメッセージになってしまうおそれがある。もう少し、失敗例を含めた分析が必要だろう。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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