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稲葉陽二編『ソーシャル・キャピタルからみた人間関係』

良書。社会関係資本の重要性はいまや多くのところで語られている。「社会の希薄化」に対処し、市民社会が分裂してしまうのを防ぐための概念として。しかし、社会関係資本の負の側面ときちんと向き合った議論は意外に少ない。本書はそうした負の側面について概念的に議論するのみならず、フィールドワークや統計分析によって社会関係資本から人々の活動が立ち上がってくる様を描く。


社会関係資本は1993年のロバート・パットナムの著作で注目を集めた概念。社会関係資本とは、信頼trust(または信頼性trustworthiness)、互酬性の規範、ネットワークを指し、人々の間の協調的な行動を促すもの。社会全般に対する公共財としての、特定のグループに対するクラブ財としての、個人間のネットワークに対する私的財としての社会関係資本があり、論者によってどのレベルを論じるかは異なる(p.8-13)。社会関係資本は、次の5つのことに役立つ概念だとされている。(1)健康、教育、地域の安定、災害時の対応能力などの水準の向上。(2)縦割り行政や縄張り意識の打破。(3)地域特性把握のための視点の提供。(4)経済・教育・健康における格差問題の理解の糸口。(5)「生きづらさ」の解明(p.16)。


ただし、社会関係資本には負の側面、ダークサイドがある。社会関係資本のダークサイドを扱う基本的な論点は、4つにまとめられる。(1)クラブ財としての社会関係資本は、すべて潜在的に組織外の者を排除する可能性をもつこと。(2)クラブ財は、しがらみを発生させ、不利益があってもメンバーがそのネットワークに留まらざるを得なくする場合がある。(3)社会関係資本を私利のために市場で用いると、毀損させてしまう可能性がある。社会関係資本がもたらす外部性は、他者の無償の好意に基づくものだから、通常は市場化しないことに価値がある。(4)個人や組織単位の社会関係資本が、他者を排除することにより社会の分裂を招き、社会全般の信頼(公共財としての社会関係資本)を毀損する可能性(p.34-39)。


社会関係資本には二つの種類が区別される。一つは、親密性や対面性の高い、強い紐帯(結束型社会関係資本)。もう一つは、開放的でより広い一般的な互酬性を生み出す、ネットワークの橋渡しを行う弱い紐帯(橋渡し型社会関係資本)。この強い紐帯/弱い紐帯の概念対は、グラノヴェッターの有名な概念対。そして、社会関係資本が豊かな社会に必要なものは、(これもグラノヴェッターが指摘したように)むしろ弱い紐帯だ。見知らぬ人への信頼や地域活動への参加など、社会関係資本の豊かさを測る指標は、単に信頼できる人がいるかではなく、信頼できる人々の範囲が広いかどうかでよく測られる。強い紐帯が過剰であると、組織や社会の結束が強いが、閉鎖性・排他性が高いし、新たな情報がもたらされにくくなり状況の変化に適応できない。ただし弱い紐帯が過剰になると、今度は社会の連帯感や共通意思が失われ、社会が「希薄化」する恐れがある(p.49-54, 60-63, 128-132)。強い紐帯と弱い紐帯、二つの社会関係資本のバランスが重要なのだろう。


概念的な整理をした後は、実際の事例において、社会関係資本からどう活動が立ち上がってくるかを扱う。様々な著者が書いているので、必ずしも社会関係資本の負の側面や、強い紐帯/弱い紐帯の概念対が踏まえられているわけではない。話題は、近所づきあい・地域活動におけるジェンダー差、地域(葛飾区の新小岩)の自治会運営、行政と住民に距離ができてしまう原理の解明、岩手県田野畑村の保健活動、韓国における農村・漁村の活性化、企業不祥事、長野県須坂市の保健指導員制度、親の社会関係資本に対する考え方が子に及ぼす影響について扱われる。


地域活動における社会関係資本には、ジェンダー差が強くみられる。だが社会関係資本の量に男女差はなく、これは質の違い。日本のみならず、一般的に男性では政治的参加に、女性ではインフォーマルなネットワークによる相互扶助に社会関係資本が用いられ、性別役割分担に沿うものとなっている。パットナムは社会関係資本がボトムアップの社会構造、草の根民主主義を支えると論じた(p.62)が、社会関係資本が政治的関与を促進するとは必ずしも言えない。女性の社会参加はむしろ性別役割分担の規範を強化する結果に繋がりかねない(p.90-93)。そこで、地域参加の増やし方は男女差を踏まえた方が良い。女性の場合は、地域活動の楽しさや有用性を示して口コミに頼ることが有効。男性の場合は、退職後からの活動となりそもそも馴染みがないので、お試し参加や、参加を求める地域組織との合同説明会やマッチングが有効であろう(p.102f)。


地域の自治会・町内会活動の運営については、新小岩の商店街地域の自治会で綿密にインタビューを行っている。自治会がうまく運営されるには、NPOなど他組織と連携し、様々な世代が参加して役員など活動主体が固定化されずに、橋渡し型社会関係資本を構築することが重要との仮説を立て、検証している(p.112-120)。自治会があることを特に知らなかった住民でも、その意義については認めている(自治会は無くてもよいとは思っていない)人が多いのが面白い。


岩手県田野畑村の事例では、保健師の岩見ヒサという人物を通して論じられる。大阪からやってきたこの人物は、典型的な橋渡し型ネットワークの担い手として機能し、地域活動を牽引した(p.162)。地域の保健衛生活動を通じて結束型ネットワークを構築していく。それが地域の自然を守る運動として、原子力発電所建設反対運動へつながっていった。一方、似たような話題は長野県須坂市の保健指導員の話がある。集落で持ち回りでそれぞれの人が保健指導員を務めることで、お互いの健康面を知り、健康長寿につなげている。これは強い紐帯の典型だろう。著者は「遠慮しがちな」社会関係資本と書いているが、まったく遠慮しがちではなく、持ち回りでやがて自分がやるという暗黙の圧力が強くかかっているものと思われる(p.211-222)。


また韓国の話題は、「マンナムの広場」というテレビ番組について。出演者がレストラン経営者であるという個人レベルの社会関係資本を活かして、規格外農産品をスーパーなどの組織レベルへつなぎ、消費者という市場レベルへつないで廃棄を防ぎ価値創造した(p.177-185)。異なるレベルを経て社会関係資本が活用されていく様として分かりやすいパターンを示している。


社会関係資本について多面的に考える視点が得られるよい一冊だろう。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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