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池上英子、田中優子『江戸とアバター』

江戸の人びとはこの「マルチ・バース」そのままの世界に生きていた、と言っていいかもしれない。大多数のひとは、幕藩体制の秩序の下で自分と世間の公式的関係は「それはそれとして」ひとつの秩序体系として認めながらも、趣味などの別の小宇宙でいくつもの顔を使い分けていた。寄席の木戸口をくぐれば気軽に別世界に入れたように、さまざまな隠れ家的場所の存在が、人びとの生活に陰影を与え、複雑な豊かさをつくり出していた。私が最近研究している、現実とは異なる不思議の形のデジタルの「アバター」たちの集う、既存の現代の仮想世界も、「マルチ・バース」のひとつである。(p.24f)

江戸時代(おそらく化政文化の江戸)は人々が複数のアイデンティティをもって、様々な文化創造を行ったアバター社会だったという、興味深い論点を中心とする一冊。日本文化研究の著名な2者が記している。現代でも「分人」というキーワードを中心に、複数のアイデンティティをアバターに分けて使い分ける時代となりつつある。本書はそうした傾向は現代に限られるものではなく、江戸時代にもあったとする。


核となる論点はとても興味深いが、本書の内容そのものはやや散漫としている。しっかりとした議論が読みたければ、それぞれの著者の主著を読み込むべきだろう。序章で論点の大まかな見取り図が示される。第一章は落語家の柳家花緑氏との対談。第二章は一方の著者、池上英子氏の研究関心の推移をたどりながら、自由な筆致で記されている。話は多岐に渡るし、そこまで厳密な言葉遣いではないので読みにくくさを感じる。第三章は田中優子氏による化政文化の詳細。狂詩家、連句、印刷と出版の歴史、浮世絵に渡って数多くの固有名詞が取り上げられる。ここは話が細かく、あまり全体の論点との直接的な関連が見えにくい。


教科書的には江戸時代とは、人々の生き方が生まれついたその身分によって決定されていた封建社会である。たしかに江戸時代では、人が社会の一員と認められるには、何らかの社会集団(村、寺社、職業集団など)に属していることが必須だった。その所属が身分を決め、どの権力機構から支配を受けるか、レポートラインが何かが決まっていた。表向きには、このように社会的な自己と役割は決められ、「タテ」に分割統治されていた。しかし、江戸ではこの構造を迂回するような「ヨコ」のネットワークがあったという。芸名や俳号などの江戸的儀礼装置に守られて、社会的に規定された自己を超えた社会的、認知的なコミュニケーションが成立していた。これを著者(池上氏)「パブリック圏」と定義する。このパブリック圏は、現代のインターネットにおけるアバター的分身主義の近似系だという。江戸でも社会集団に閉じない趣味世界のネットワークが形成され、その世界で一人が複数の名前というバーチャルキャラクターで自由を得ていた(p.10-15, 93f)。公的なアイデンティティを規定する家の他に、文化創造の場があり、それが連であり隠れ家だった。また社、会、座、衆、組、結、講もそうした性質を持つものとして挙げられる。特に身分と規定するシステムとは社会システムとして別であったものを、田中氏は別世(べつよ)と表現している(p.201-207)。用語としてはパブリック圏より別世のほうがよいと思われる。


例えばその典型は、俳諧に見られる。俳諧はすぐれてネットワーク的だった。俳名という仕組みによって、俳諧サークルの人々は、建前上の秩序とは違う世界にいた。その世界は、世間一般のカテゴリーに基づくアイデンティティとは違う人間関係も可能な、「隠れ家パブリック圏」だった。文芸としても俳諧は、連歌として前の人の句に自分の句を繋げていくネットワーク性を持っている(p.115-118)。また、落語はこうした複数のアイデンティティを使い分ける世界でも珍しい芸である。俳優が一つの役に成り切って演じる近代舞台芸術とは違って、一人で複数の役割を切り替えながら演じる落語は、まさに「アバター芸」である(p.30f, 37f)。


ここでパブリック圏という言葉が登場する。これはハーバーマス的な「公共圏」とは区別して捉えるべきだろう。パプリック圏とは、異なるネットワークに属する人がコミュニケーションすることによってネットワークが交差する場所とされる。そこで新しいアイデンティティの形成が行われ、変化が起きる。かつての井戸端はインフォーマルだがパワフルなパブリック圏だった。俳諧やその他の文芸の組織も同様。現代ではSNSなどのインターネット上の交流の場がその舞台となっている(p.136-138)。特定のパブリック圏でコミュニケーションを行うことによって、その場における自分の姿、アバターが創発する。どのようなアバターが創発するかはその場に依存するのだから、どのようなパブリック圏に参加するか、あるいはそもそも作り出すかは個人の選択なのだ(p.152f, 178-180)。


よってこの「パブリック圏」なるものは、田中氏が注釈しているように、公的世界のルールが適用されない、隠れ家的なパブリック圏だ(p.197f)。あくまで公共的なものではない。公共圏のアイデンティティに縛られず、多様な人々に開かれた場であって、その場特有のアイデンティティの形成を可能とするもの。秋津元輝、渡邊拓也編『せめぎ合う親密と公共』に言う中間圏のイメージに近い。


こうして一つの空間に固執せず、様々なアバターによってそれぞれの場のアイデンティティを使い分け、豊かなマルチ・バースを生きる姿、人間関係を切り替え、楽に生きる姿をアバター主義と呼んでいる(p.180)。アバター主義は公的に規定されるアイデンティティに不自由をもつ人々には恩恵となる。特に、自閉症スペクトラムのような人々は、アバターを使って自由に表現できる場合がある。著者(池上氏)はセカンドライフのASDコミュニティをたどりつつ、ASDの人々を異常や劣った知性ではなく、普通の人とは違う非定型インテリジェンスとして捉えている(p.155-175)。アバターとはそもそも、インド神話のヴィシュヌ神の化身のことだ。神がこの世に現れる際に採る、仮の姿のこと。日本語では権化、権現、化身と訳される。ある物や人を、神などの別のものの化身とみなし、別の意味付けやアイデンティティを与えることは、東洋では古くから行われてきた(p.190f)。


もちろん江戸時代にあったこうしたダイバーシティは、社会制度として多様性が容認されていたのではない。多様な生き方を許容しない身分制度下であるにもかかわらず、多様化を認める文化が育っていたということだ(p.185)。それがなぜなのかは、本書はまったく触れていない。おそらくは政治・経済的に安定し、権力による規定が弱くとも社会が成り立っていた高原社会だったからだろう。よってこうした多様性のある社会は、他にも歴史的にみられるはずだ。古代ギリシャ、ローマ盛期、ルネサンス期のイタリア、19世紀ウィーン、そして現代など。


ただしこの多様性は、権力による規定がいったん強まれば、あっという間に失われるものでもある。別世、アバターの世界と社会システムの衝突は何度もあった。1787年に始まった寛政の改革は、江戸文化の多様性を統制した。出版統制令は大きな影響を与えた。1789年、幕府の松平定信を揶揄した『鸚鵡返文武二道』の恋川春町を筆名としていた倉橋格は、幕府の呼び出しを受けたが応じず、おそらく自害している(p.288-292)。だとすると、それは権力の一瞬の弱さに咲く徒花かもしれない。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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