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天羽健介・増田雅史編『NFTの教科書』

NFT(Non-Fungible Token)について時宜を捉えた一冊。NFTが大きく話題になったのは2020年の後半。短期間でここまで広い視野でまとめた本が出ているのは素晴らしい。本書は大きく二つに分かれる。最初はNFTの活用やビジネスの広がりを、ゲーム、アート、メタバース、スポーツ、トレーディングカード、ファッション、音楽の各領域でレポートする。次いで法律・会計の側面から堅実な議論を提供する。


多くの人が書いているが、そこまで記述のレベルは様々ではない。現時点のスナップなので、現在有力なサービスは市場の概況を知るにはいいが、おそらく3~5年後には入れ替わっているだろう。なので、それぞれのサービスを詳しく書いたものよりは、ビジネス的・技術的・法律的な現在の課題や限界を扱ったものを中心に読む。法律・会計のところはあまり関心が薄いせいもあるが、法律用語をそのまま用いた事項のまとめになっているものもあり、一般向けとしてはあまりよくない。


NFTご注目される最初のきっかけになったのは、2017年のゲームCryptoKittiesである(p.17)。とはいえ、大きく話題になってきたのは2020年10月のNBA Top Shotだろう。他にはアートの領域で2021年1月にCryptoPunksのキャラクターが約8000万円で取引されたり、2021年3月にはJack Dorseyの最初のツイートが3億円強で落札されたという話題もあった。以降、NFTを巡る高額取引や、NFT周りの起業に対してa16zをはじめとして巨大な出資がなされている。それがいかに巨大なマーケットになっているかは、本書の前半を読むと分かる。いまのところ、まさにイーサリアムの考案者Vitalik Buterinが言ったように、裕福な著名人がさらにお金を稼ぐだけの世界になっている(p.287)。


まずは正確な理解がなされるべきだろう。この点、法律家の話は役立つ。まず(アートを例にとって)NFTアートとアートNFTを区別する。つまり、それに紐づいたNFTが発行されたアートそのものと、アートに紐づいているNFTそのもの区別。NFTそのもののなかにデジタルデータとしてアートが含まれている特殊例もあるが、たいがいの場合はアートそのものはNFTとは別にある。そしてどちらの意味でも、NFTは所有権を表すものではない。NFTが所有権を示すもの、デジタル所有権であるという説明は不正確である。NFTを保有していても、(そのことだけでは)アートは所有できない。一つのアートに対して複数のNFTが発行可能である点で、所有権を表すものではないことは明白だろう。また、NFTの保有はNFTそのものの所有権を意味しない。なぜなら少なくとも日本の民法(85条および206条)では所有権が及ぶのは有体物であって、デジタルデータであるNFTには所有権は適用されない(p.189f, 201f)。にもかかわらず、NFTを所有権のように語る人は後を絶たないし、本書の中でも業界をリードするような人にもそうした発言が見られる(p.292, 308)。


NFTが今後成長するための3つの要件が挙げられている。IP・コンテンツホルダーの参入、UI/UXの改善、スケーラビリティの確保(p.22)。コンテンツホルダーがより参入するには、NFTサービス運営者の質の向上が必要。権利を保有していない商品をNFTとして勝手に販売する、海賊版商品の事例が世界中で散見される。サービス運営者には監視機能や能力が必要で、健全な環境の構築が市場拡大には必須である(p.134)。こうした監視機能を担保するためのコストはどこから来るだろうか。このコストはまさにプラットフォームのコストに他ならない。NFTをはじめブロックチェーンを用いたい理由の一つはプラットフォームのコスト削減だから、いまはファンドの資金や暗号資産の値上がり益がつぎ込まれていても持続可能ではないだろう。


3つの要件に並んで、サービス運営者(プラットフォーム)間の整合性も必要だろう。例えば、アート作品の著作権がNFTプラットフォームの利用規約に同意していない他の人に譲渡されると、どうなるか。譲渡前のNFT保有者には、当然対抗制度という法的枠組みがあり対抗できる。しかし、譲渡後にNFTを転売で入手した人には適用されない(p.192f)。このように、利用先を絞るような既存のIPビジネスのやり方がNFTでは通用しない。NFTは様々なアプリケーションで使われるため、ある程度共通のライセンス規格が作られる必要がある。NFT自体はアプリケーションを跨いでも、同一の機能が実現される保証はどこにもない。画像ファイル程度ならいいが、例えばメタバースで3DファイルやVR空間のデータは複雑で標準化されていない(p.70f)。NFT自体はプラットフォームに依存せず流通可能だとしても、それが実現する機能は流通先のプラットフォームに実装されているとは限らない。


スケーラビリティは目下の技術的話題だ。イーサリアムの処理限界に直面したFlow開発の話は、現場の話として面白い(p.143-149)。さらに現在の NFTの技術的課題は4つにまとめられる。(1)NFT画像データの管理の問題。ブロックチェーン外でNFTの画像データを管理する場合は、サードパーティの利用可能性に依存してしまう。NFT内にAWS S3のURLを書いておくとしても、バケットから当該ファイルが削除されたら、NFTを持っていてもただのデータに過ぎなくなる。ブロックチェーン内で管理する場合は、データサイズが大きくなってしまう。(2)トランザクションのスケーリングの問題。特にイーサリアムでは単価の高いDeFiの影響でガス代が上昇している。レイヤー2を使った技術が開発されつつあるが、まだまだ技術的には高いハードルを越える必要がある。ここは最近話題のzkRollupsが解決策になるか。(3)NFTマーケットプレイス間の互換性の問題。複数のNFTで取引ができないと流動性が低いことになり、価値が失われる。(4)環境問題の配慮の問題。PoWではあまりにエネルギーを使いすぎる。イーサリアム2.0ではPoSへ移行しようとしている(p.165-173)。


個人的にはNFTを巡る動きにはあまりに心を動かされず、その熱量をもった動きを冷ややかに見ている。そもそもアートやエンタメの話題に興味が薄いということもある。ただ、NFTが爆発的に広まった原因は他人に対して自慢したいという人間の欲求に訴えていること(p.155)というコメントが的を射ている。自己顕示的なステータスシンボルを巡って億単位の金が動いているのが現状だ。またNFTを使うモチベーションとして、クリエイターへの還元や誰でもクリエイターとして稼げるという点がある。もともとゲームのビジネスモデルは、プレイヤーがまずゲームを購入するという購入モデルから、基本的に無料で遊べる無料モデルへ移行した。NFTとブロックチェーン技術によって、play-to-earnという新しいビジネスモデルが登場した。ゲームクリエイターとゲーマーの両方が新しい収入源を得られるようになった(p.92f)。例えば、フィリピンではAxie Infinityというゲームで生計を立てることができている(日本だと賭博罪などの問題がクリアできない)。それをNFTが金融包摂を可能にした(p.280f)と寿んでもいいが、実は新たな形の資本収奪だったりしないだろうか。それまで純粋に楽しんだり観賞したりするものだったものが、NFTによって金に換えられる。NFTによる資本収奪の問題はブームの傍らでゆっくり考えていった方がよいだろう。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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