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SSIR Japan編『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』

スタンフォード大学で2003年から発行されている"Stanford Social Innovation Review"から10篇の論文を選んで訳したもの。社会課題を解決しようとする組織(典型的にNPO)は課題へのアプローチや組織運営の点で、通常の営利企業とは異なる。実践的にどうしていけばいいかというアイデアがよくまとまっている。それだけでなく、特に別種の企業組織論として面白い論点が見られる。

ここでいうソーシャルイノベーションとは、社会課題に対するまったく新しい解決策で、既存の解決策よりも、高い効果を生む・効率がよい・持続可能である・公正であるのいずれかを実現し、個人によりはむしろ社会全体の価値の創出を目指すものである(p.15)。典型的にはNPOが該当したりするが、「ソーシャル」であることをNPOやNGOに限定してしまうと、企業や政府を含むセクター横断のアプローチが見えなくなってしまう。また、社会的価値を生み出そうとする動機があるかどうかと考えると、動機は見えるものではないのでソーシャルであるか否か基準として測りようがない。ソーシャルは、個人的価値(起業家、投資家、一般消費者の得る利益)よりも、公共または社会全体への利益の方が多くもたらされる場合に用いる、とされている(p.18-21)。

全般的な議論でなく、個別の項目を扱った論文もいくつかあるが、そこまで関心のなかにはなかった。システムリーダーシップ、Bコーポレーション、カーブカット効果、ソーシャル投資、デザイン思考。システムリーダーシップは、これが何なのかをそもそも説明しておらず読みにくい。カーブカット効果は平等equality(機会の平等)ではなく、公正性equity(結果の平等)をもたらすと言われる。インクルーシブにすることにより、特定の層に利益を与えるのみならず、社会の格差を縮小すると(p.125, 129f)。ただ、どんなときにカーブカット効果が生まれるのか分析しておらず、事例集にとどまっている。ソーシャル投資もOmidyar Networkでの実践例、投資先組織のカテゴリ化が述べられるものの、抽象化はいまひとつ。


興味深いのはスケーリングについてだった。スケールできるNPO組織は実際にはほとんどない。アメリカで年間100万ドル以上の資金を調達できているNPOは7%しかいない(p.57)。NPOがスケールしない理由は、4つにまとめられる(p.59f)。(1)株式報酬などの金銭的インセンティブがなく、優秀な人材を採用するのが難しい。(2)社会課題を解決することがNPOの収益に直結しない。(3)組織の拡大のためにNPOが組織構造やプロセスに投資することに、資金提供者は良い顔をしないバイアスがある。(4)資金提供者は単独のプログラムの解決を嗜好しがちで、NPOの掲げるミッション全体をなかなか支援しない。


しかし発想の転換として、そもそもNPOはスケールするだけがゴールではないと捉えられる。核となる事業モデルや介入策の有効性を検証できたNPO組織が、社会課題全体の貢献に至る道は、規模の拡大だけではない。NPOは、特定の社会問題の解決において、組織が最終的に果たす役割を明確にしなければならない。この最終的な役割はエンドゲームと呼ばれているが、要はスタートアップだとイグジット戦略だろう。エンドゲームには6つの種類がある(p.57-65)。(1)オープンソース化。アイデアや介入策を生み出し、他の組織に提供していく。(2)複製・再現。他の組織に容易に導入できるプロダクトやモデルを生み出す。自身はフランチャイジーとして認証やトレーニングを提供する。(3)行政施策への導入。自身の活動を公共セクターに組み込み、アドバイザーとして活動する。(4)商業化。NPOが現実のリスクや不安要素を軽減した後に、営利企業に引き継ぐ。(5)ミッションの達成。目標を成し遂げた後は活動を縮小していく。(6)サービスの継続。利益にもならず、公共セクターにも引き継げない場合、効率性を高めてサービスを継続する。スケールが必要なのはこの場合のみ。


組織能力を強化してスケールするだけが成功ではない。実際、Teach for Americaのような大きな成果を上げることのできたNPOに共通する特質は、組織能力やマーケティングといったNPO内部の能力ではない。そうではなく、行政、企業、市民など外部といかに協働できるかである。そのための実践が6つにまとめられる(p.90-100)。(1)サービス提供と並行してアドボカシー(権利擁護の訴え)を行い、行政の協力を引き出す。(2)市場の力を活かし、企業が自社の利益と公共の利益を両立できるようにする。(3)団体のミッションやバリューへの共感を促すような、感情と心に響く体験を提供し、支援者からエバンジェリストを生み出す。(4)他のNPOとのネットワークを形成し、業界全体を前進させるために多くの時間とエネルギーを費やす。(5)外部の声に耳を傾けて学習し、環境の変化に対してアプローチを適応的に切り替える。(6)他の団体や、強力な右腕となる人材、在任期間の長い経営チーム、人数の大きな理事会などとリーダシップを独占せずに共有する。


ということで、いかに外部を巻き込んでいけるかが、社会課題の解決のポイントとなる。ここでコレクティブ・インパクトという手法が位置づけられよう。複雑な社会課題であり、必要な変化を起こせる単独のプレイヤーが存在しない課題(適応課題と呼ぶ)に対しては、コレクティブ・インパクトの手法が有効である。コレクティブ・インパクトは、異なるセクターの重要プレイヤーが参加し、共通のアジェンダ、共通の測定システムの下で、継続的なコミュニケーションに長期的にコミットする。そしてこのコラボレーションを支える共通のインフラと専従のスタッフを用意する。一方で、アジェンダや行動の指針については各組織が独自に決めることができる。コレクティブ・インパクトの事例として挙げられるのはオハイオ州シンシナティで中等教育課程の生徒の教育を改善したストライブ・パートナーシップと、バージニア州で川の浄化をミッションとしたエリザベス川プロジェクトである(p.168-176)。


興味深い論点が多く含まれるよい本。社会課題の解決のみならず、多数のステークホルダーがいて複雑な利害の絡む問題へのアプローチとしても参考になろう。コレクティブ・インパクトの手法は例えば企業コンソーシアムのようにも利用できそうだ。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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