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井上達彦、鄭雅方『世界最速ビジネスモデル 中国スタートアップ図鑑』

とてもよい一冊。中国のIT系スタートアップについて、世代を分けて特徴的な企業を平易に紹介している。同時に、経営学のしっかりした議論をもって、なぜそうした企業が成功したのかを記している。企業紹介と経営学的分析のバランスが取れている。ジャーナリスティックで軽薄になることもなく、学問的で読みにくくなることもない。


タイトル通り、焦点はビジネスモデルにある。この本は中国のスタートアップが多数興隆してきた背景としての政治経済・文化的側面や、投資や人材などのエコシステム的側面については主に扱っていない。そうした論点は他書に譲り、成功した企業がどのようなビジネスモデルを築いてきたか、そしてそれがどうして築くことができたかを扱う。


紹介する中国のスタートアップを、三つの世代に分けている。第1世代は1994年からのインターネット世代。パソコンを用いたインターネットが広まり始めた世代で、ここにはアリババやテンセントが属する。決済や物流、クラウドなどインターネット上でビジネスが展開されるためのインフラを構築した世代。第2世代はスマートフォンを中心とするモバイルインターネットが登場した2010年以降。バイトダンス、美団、小米などが属する。ここでは前世代が構築したインフラを補完するように、レコメンドやSNSコミュニティ、リアルビジネスとのつながりなどが生まれた。第3世代はそれらも整備され、大規模に活用できるようになった2015年以降。ここには拼多多などが属する(p.4-7)。そして面白いことに、本書は第三世代から遡るように説明している。いまや当たり前になった世界がどう成立してきたのかを問うアプローチ。


それぞれのビジネスの成功を支える要素は、システム思考によってループとして書かれている(p.33-38)。これは単線的に要素の因果関係を並べるのではなく、要素間の関係を記すことによって、相互作用や相乗効果の循環を書くもの。この書き方については『ダブルハーベスト』が良書だろう。本書には多くのハーベストループが整った形で表れている。


またビジネスモデルはピクトグラムを用いた分かりやすい表記がされている。思ったよりこの表記は文字が多く、まだ改善の余地はあると思われる。縦線は必ず時間推移なので「T」の表記は不要だったり、無料であることはポイントの一つなので他のカネの流れと同様の表記に「0円」とするのでなく、分かりやすく別途の表記を使ったらどうか、など(p.149-153)。


第三世代に紹介されるのは、漫画サイトの快看漫画、美容外科プラットフォームの新氧、オンライン英会話のVIPKID、SNS共同購入の拼多多の4社。例えば快看漫画は興味深い。漫画サイトは日本にも多くあるが、ほとんどは書籍としての漫画本をモバイルで読めるようにしたものだ。快看漫画はそもそも漫画をモバイルに最適化したコンテンツを用意している。縦スクロール、フルカラー、2分刻みで起承転結の転と結を仕掛け、全体が10分以内で読める長さとし、スマホ時代に最適化して成功した(p.44-49)。これらは膨大な閲覧データから改善を図られている。さらにはネットフリックスから学んで、閲覧データからコンテンツを最適化するやり方、ユーザごとのレコメンドを改善している(p.52-54)。そしてただ閲覧するだけでなくファンコミュニティを組織し、漫画家をつなげるとともに、新しい漫画家の育成にまで乗り出している。


美容整形プラットフォームの新氧もよくできている。こちらはシリアル起業家が、統一した基準に基づく評価がないために多額の広告費で高コスト構造となっている美容整形業界と、どの病院を選べばいいか分からない、整形手術を行った後どうなるのか分からなくて不安といった顧客体験を綿密に調査し、韓国のコンテンツを参考にしながら戦略的に展開されている。コミュニティや整形日記などを提供することで、需要側で顧客が顧客を呼ぶ好循環を作った(p.71-77)。


需要側でなく供給側で好循環を作ったのが、オンライン英会話のVIPKID。こちらはコンテンツをアメリカのものに揃えて教師登録の障壁を下げ、教師どうしが評価し高め合うコミュニティを整備することで、教師が教師を呼ぶ構造を作った(p.111-113)。


第二世代のポイントは、横展開と融業とされる。企業価値をもたらすビジネスモデルのポートフォリオは、少数のビジネスモデルを多くの市場に展開する横展開型か、多数のビジネスモデルを少数の市場に展開する融業型だ。横展開型ではビジネスモデルをそのまま使い回すリユース型となり、バイトダンスが該当する。融業型では得意とする市場や業種で得た顧客情報を別のビジネスに活用するリサイクル型となり、美団が該当する(p.161-169)。


横展開型のバイトダンスはニュースアプリである今日頭条で培った、(1)外部コンテンツの有効活用、(2)アルゴリズムを活用したコンテンツ配信、(3)アルゴリズムを活用した広告提供というビジネスモデルの強みを活かせる領域として、2016年にショートムービーを選んだ。それがいまのTiktokだ(p.186)。小米は、横展開型から融業型への変化として描かれる。複数の市場に横展開した後に、関連サービスで融業化していった。まずスマホ事業でユーザーコミュニティを軸にしたビジネスモデルを確立。このビジネスモデルをスマホアクセサリ、家電、日用品に横展開した。その上で動画や楽曲の配信を行い、関連サービスを融業してエコシステムを形成していった(p.233)。


テンセントとアリババについては類書も多い。本書の視点では、デジタルサービスに注力するテンセントと、リアルビジネスとの融合に注力するアリババにおいて、最適となるビジネスモデルが異なる点が対比されている。テンセントはデジタルサービスで完結する傾向があるのでプラットフォームは軽く、パートナーとは穏やかな連携を築く。出資割合も低く、経営支配力も弱くとどめている。アリババは実際に物を動かし、デジタルとリアルを融合させるためインフラは大がかりとなり、プラットフォームは重い。そのため、出資割合も高く統合型のプラットフォームとなっている(p.271-276)。


テンセントの急成長の鍵は、卓越した模倣戦略と連続的なマイクロイノベーションにあるとされる。テンセントの成長は、二つの期間に分けられる。第一期は1988~2010年で、海外の先進サービスを模倣したインスタントメッセンジャーのQQで各種サービスへ利用者を誘導できる入口を作った。第二期は2011年以降で、出資先やサードパーティ企業によるオープンイノベーションでサービスを展開する(p.293f)。このテンセントの模倣は、サービス基盤については海外や異業種など遠いところから創造的に模倣し、基盤の上に乗る製品やサービスについては国内の同業他社から効率的な模倣を行うなど、使い分けがなされている(p.296)。第二期への移行の契機になったのが、同業他社の模倣とQQのユーザ基盤を使った独占が呼んだ批判。特にセキュリティソフト企業「奇虎360」との争い(3Q対戦)を経て、2011年からテンセントはプラットフォームを開放することとした。開放の相手は業界のトップ企業ではなく、2番手企業。こうして開放されたプラットフォームの上で、京東、搜狗、滴滴、美団が隆盛していくことになった(p.305-311)。


一方、アリババのプラットフォーム開放のきっかけはテンセントと異なる。もともと、アリババはeBay対抗として、中国固有の問題を解決するエスクロー取引としてAlipayを導入した。2007年の戦略会議で今後向かうべき方向として経営幹部が議論し、alipayを開放してプラットフォームを構築することを決める(p.344-352)。一方、同時期から始めたクラウド事業にはかなりの苦戦を強いられる。だがその甲斐あってアリババクラウドは成功し、2015年にかけて情報流、物流、金融、与信のデータを統合していく。その時期からアリババのイノベーション創出力は加速し、OMOを提唱する(p.361)。もっとも成功したDX事例として見ることもできよう。


まとめとして、中国スタートアップの成功を導くマクロ要因と、ミクロ要因が整理される。マクロ要因は、(1)市場規模の大きさ、(2)保護政策による競争の制限、(3)プライバシー認識の先進国との違い、(4)リープフロッグを可能にするゼロから最適化できる機会(p.375-377)。そしてミクロな要因としては、(1)ミッションの重視、(2)創造的な模倣による発想、(3)プロトタイピングによる実験やリーンスタートアップ、(4)外部資源(パートナーやコミュニティ)の有効活用、(5)エコシステムの創出が挙げられる(p.379-385)。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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