読んだ本をひたすら列挙。読書のペース配分とその後の読み直しのためのメモ。学而不思則罔、思而不学則殆。
脳神経科学と人工知能の過去・現在・未来について読みやすく記した一冊。JST ERATOの池谷脳AIプロジェクトの広報的な役割を果たしている。興味深い研究や技術が次々と紹介され、この二つの分野がワクワクするほど発展していることを伝えている。第一線の研究者でありながら、ツイッターほかでの発信も優れていることで有名な著者による。単にセンセーショナルな結果を伝えるだけでなく、冷静な評価も心掛けていてとても好感が持てる。なお、基本的には神経科学系の研究者のため、人工知能というよりは神経科学の成果のほうに詳しい。また、扱われているのは神経科学といっても基礎的な脳機能の解明ではなく、BMI/BCIなどによる脳機能の補綴や拡張である。
本書を導く大きなテーマは、人間の能力の拡張だ。脳の能力は身体の制約によって閉塞されていると考えている。新しい道具が開発されれば、今はまだ眠っている未開の能力が引き出される。例えば地磁気センサーからの出力でマウスの脳を刺激すると、マウスは脳刺激を学習して課題を解くことができる。脳は可塑的で拡張可能なのだ(p.5f, 41f, 188-191, 273-275)。
過去・現在のところは知っている内容が多かった。知らなかったもので印象に残ったのは、DeepMindのバーチャルなネズミ。ネズミの骨格、関節、筋肉などのデータを基にシミュレーション環境上で再現したもの。これによって、現実のネズミを使った今の研究が代替できるかもしれない(p.96-98)。また、過去の偉人のデータをGPT-3に学習させて、その人が発言したかのような会話を行うLearn from Anyoneも面白い(p.127f)。
評価の冷静さについては、例えば東ロボの話が良好。これは現在の人工知能技術では東京大学に合格できないと2016年に結論されていて、一般的解説はここで止まるものも多い。だが、2018年のBERTの登場を経たあとどうなったのかまでフォローされている(p.129f)。また統合情報理論(IIT)についても、統合情報量Φとして表されるものを意識の指標としよう、という提案(公理)であることがきちんと書かれている(p.101-109)。
BMIの領域では、Neuralinkの試みについて詳しい。特に、既存研究と比較した新しさ、革新的な点を2019年、2020年、2021年のそれぞれの発表に即して解説している。これはこの領域の研究者ならではだ。課題と疑念については、(1)本当に脳活動だけで動いている(筋電位などではない)のか、(2)電極の劣化が防げるか、(3)脳表面だけでなく脳深部の血管も避けて埋め込み手術ができるのか、84)脳深部の部位にも埋め込めるようになるか、(5)非侵襲的な方法があるかといった点が挙げられている。同分野の研究者から見ると、人間への適用が予告された点、集中的な資本投下により科学を加速できることが証明された点が驚きだとしている(p.150-172)。
研究の未来像については、最初にERATO池谷脳AI融合プロジェクトの4つの研究が述べられている(p.186-202)。それは(1)脳に新たに環境や身体情報を入力する脳チップ移植、(2)脳活動をAIで解析した結果を脳にフィードバックして脳機能を拡張する脳AI融合、(3)脳活動から読み取った情報をインターネットにつないで機器を操作したりするインターネット脳、(4)それぞれの脳活動を読み取って複数の脳で情報を共有する脳脳融合となっている。
プロジェクトから離れた視野としては、神経科学者ブザキによる脳研究の次世代の3つの目標が将来の方向性として書かれている(p.206f)。それらは(1)脳情報の高精度の読み書き、(2)BMIなどによる疾患の治療、(3)赤外線、紫外線、放射線、磁気などの新しいモダリティの知覚獲得。これは脳研究の目標としては偏っているように思われる。特に基礎的な脳機能の解明の話がない。空間表象、意識活動、社会脳、グリアとか、他にいま盛んな話題は多くある。脳研究というより、BMI研究の目標だろう。
ここで脳情報の読み書きが扱われ、非侵襲型の脳情報読み取りデバイスの最前線としてkernelが紹介される(p.211-216)。これは未来の章ではなく、むしろNeuralinkと並んで現在の章で扱われると、対比がよいと感じた。さらに脳神経の刺激のところで時間分解能、空間分解能、侵襲性の観点から方式が区別されるが、読み込みにも通用する話のはずで、書き込みのみに限定されるのは違和感がある。ただ、なかでも超音波を有望と見るのはとても同意する(p.219-232)。
最後にはより広く、これからの科学の在り方として、高次元科学とdirect fitの考えが扱われる。著者の見解は穏当なものと思われる。現時点で理解できないからといって、非科学的と切り捨ててはならないとする。ペニシリンのように有効でもその作動機序が長く不明だったものもある。進歩した未来の人間には理解できるかもしれない、と(p.262-272)。人間の認知限界からして未来の人間でも高次元は理解できないと思うが、もしかしてそれもBMI的に可能になったりするのだろうか。
Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。
別館:note
コメントの投稿