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長沼秀世『ウィルソン』

アメリカ合衆国第28代大統領、ウッドロー・ウィルソン(1856-1924)についての評伝。ウィルソンはもともと政治学者だが、政治家とりわけ大統領時代の施策について記述の焦点がある。特にウィルソンは国際連盟の提唱者として有名。そのため、第一次世界大戦の戦後処理の過程について詳しい。


ウィルソンは議会制の研究から出発している。アメリカもイギリス型の議院内閣制を取り、閣僚が議会の討論に参加すべきとの主張が核となる(p.12-14)。ウィルソンの政治思想を貫くのは、政府は自由な国民の意思によって選出されるべきとする態度であろう。大統領も国民の意思によって選出され、そこから選出された閣僚であるので、当然ながら政府の議論に参加すべきだろう。後の有名な民族自決主義もこの線から解釈できる。ただし、その議会制の研究発想のもとは本書にはあまり記されていない。


政治学で博士号を取得して研究者であったウィルソンは、1902年プリンストン大学の学長に就任する。学長という立場から対外的な講演が増え、政治学の知識に基づいた時事問題への発言が注目を集めた。それが有力雑誌の編集長であったハーヴェイの目に留まり、民主党の政治家へ推されていく(p.24-27)。ニュージャージー州知事を経て1912年、民主党の革新派候補として大統領選に出馬。おりしも共和党は、ローズヴェルト元大統領が共和党を割って革新党として出馬。こうした共和党の分裂の影響もあり、ウィルソンは圧勝し大統領となる(p.35)。


ウィルソン大統領の内政的実績としては、関税引き下げ、連邦準備銀行の設立、反トラスト法強化などが挙げられる(p.38-41)。なかでも連邦準備制度はいまでもアメリカの金融政策の骨格をなしている。外交面ではメキシコ、ニカラグア、キューバなど中米各国に対する干渉。政府は自由な国民の意思によって選出されるべき、したがって圧政的な政権は打倒されるべきとする理想主義的な外交態度がここに見られる(p.44-49)。


第一次世界大戦での対ドイツ参戦に対する慎重な態度を経て、戦後処理の記述に至る。ここで戦後処理の中心となる「14カ条」の話となるが、この由来についてはあまり記述がない。内政がおろそかになるという批判を背に何度もヨーロッパに渡り講和をまとめようとする。このあたりのウィルソンの熱意を支えるものもあまり明らかではない。


ヨーロッパの戦後処理はヴェルサイユ条約としてまとまり、国際連盟の設立につながる。だがアメリカ国内はまとまらなかった。ウィルソンは何度も脳卒中で倒れる中、ヴェルサイユ条約の批准に向け共和党の説得を試み、全米を遊説して回る。共和党側から条約の修正案が出されるが、国際連盟からの脱退の自由、他国の領土保全と独立に対する義務のないことなどが条約の基本思想に反するとして拒否する。共和党が多数となっていた上下院では、結局批准できなかった。ウィルソンは頑なな姿勢を批判される(p.86-94)。ウィルソンの理想主義的な側面が現れた場面かもしれない。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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