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千葉聡『進化のからくり』

進化学者による研究のエッセイ。研究の過程での苦労話や、面白い話をエッセイ風につづっていく。文章は適切な比喩も多く、かなり親しみやすく読みやすい。しかし理論的に整ってはいないので、読むには面白いが残るものは今一つない。


進化の話であるのでダーウィンとガラパゴス諸島の話は多く出てくる。ダーウィンがガラパゴス諸島でダーウィンフィンチを観察して進化を着想したというのは俗説だというのは興味深い。ダーウィンはガラパゴス諸島で進化の着想を得たとはどこにも書いていない。おそらくビーグル号の船上だったかもしれない。ダーウィンが進化の着想を得てからも、研究の中心になったのはガラパゴス諸島の動植物ではない。それは自宅の庭のミミズ、ロンドンのハト、フジツボだった(p.28f)。


前半しばらくは巻貝の貝殻の方向に関するエピソードが続く。内臓逆位はどの生物でも稀に起こるが、巻貝であれば貝の巻き方向として外見に現れる。内臓逆位を導く因子は、モノアラガイではフォルミンという蛋白質を作るLaia2遺伝子である(p.40-47)。ただカタツムリではまた違う因子だ。その因子を特定する研究のため、稀にしかいない左巻きのヒメリンゴマイマイを集めるべく、お見合い相手を探すというメディアを巻き込んだPRが行われた(p.54-59)。


琵琶湖のカワニナの巻き方向を巡って、三浦収博士の論文発表までの長い苦労が語られる。昔から分類されてきたカワニナの種と、そのミトコンドリアDNAの系統が一致しない。これはおそらく、共通祖先からミトコンドリアDNAの分化が起こった後の、最近の短期間に種が分化したものと考えられる。韓国のカワニナを巡る類似研究との異同をめぐる、論文査読の話が書かれる(p.94-104)。


進化学はすでに生物学の常識だが、日本の生物学学界への進化学の導入は遅かった。その理由は3つ書かれる。(1)ルイセンコ説の流布と、マルクス主義による政治闘争。(2)今西進化論の普及による、海外動向(木村資生の中立進化説)への無関心。さらにはポストモダン思想と結合した生物学や、古生物学による総合説批判もあった。(3)権威主義。偉い先生が間違っていてもなかなか批判できない(p.116-119)。


後半は小笠原諸島のカタマイマイの研究に当てられる。同じ環境の下では、同じ系統の種は同じ性質と群衆を進化させるだろう。条件が同じなら、同じ進化の結果が得られるというのが進化学の主張だが、自然界でそれが実際に見られる例は少ない。ハワイのクモ類、西インド諸島のアノールトカゲ、小笠原諸島のカタマイマイ類が貴重な実例である(p.138f)。


この小笠原諸島での研究の様子は、かなりの臨場感もあり読むのは楽しい。著者の研究は、小笠原諸島が世界自然遺産に登録される際にも大きな役割を果たしている。小笠原村の世界遺産ロゴマークの中央には、カタマイマイが描かれている(p.149-153)。イギリスから来たポスドク、アンガス・デビソンとの母島探検談も面白い。冒険好きで果敢な人間として書かれている。さらには、このアンガスとサーファー好き大学院生ミウラ君の関わりも面白い。著者がジェネレーションギャップを楽しんでいる様子がうかがえる。ミウラ君はホソウミニナの研究を行い、大小の個体は進化的種分化ではなく、二生吸虫という寄生虫の問題と明らかにした。



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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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