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レン・フィッシャー『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』

群知能について、アリやハチといった社会性昆虫や人間集団を例として語ったもの。本格的な議論は出てこないので、読み口は気軽。そもそも著者は表面化学の専門家であって、生物学やデータマイニングの専門家ではない。


例えば渡り鳥は見事な編成を組んで飛んでいく。イワシなど魚の群れはまるで一つの魚であるように協調して泳ぐ。その集団は誰かリーダーがいるわけではない。こうした群れの行動は、集団の成員間で生じる相互作用の単純な規則から、自然に発生するものである(p.17)。動物の集団が一つの超個体のように意思決定することを最初に実際的に理解したのは、1981年のブライアン・パートリッジだ。対象はセイス(ポロック)という魚だった(p.22f)。


こうした集合行動が起こるには、三つの条件があるという。これは1986年、アニメ作家のクレイグ・レイノルズによる(p.43-45)。(1)他の個体との衝突を避ける(回避)。(2)近隣の個体群が向かっている平均的な方向に動く(整列)。(3)近隣の個体群の平均的な位置へ動く(引き寄せ)。実はこれだけでは群知能ではない。外部の状況に対して集団的に反応しているのみだ。群知能に求められるのは、それ以上の能力、学習する能力である(p.47)。


面白いことにこうした集団的反応は、比較的簡単に導ける。ミツバチの群れの観察や学生を用いた実験から分かるように、集団内に別の目標が存在しない限り、たんに目標を持つものがいるだけで集団を導くことができる。すなわち、リーダーには集団を導く特別な素質は必要はない。リーダーは他の人たちからリーダーと認識される必要すらない。さらに集団が大きくなるほど必要なリーダーの比率は小さくなる。学生を用いた実験では200人の集団で10人が目標を持っていれば、90%の確率で集団を導くことができた(p.48-54)。


つまり、理論的にも実質的にも、リーダーは集団を内側から目標に導きながらも、決して他の人に気づかれないでいることが可能である。主導する個体がごく少数でもいれば、模倣の連鎖反応が生まれ、集団全体が従っていく。従わない個体があっても、負のフィードバックによって同調させられる(p.56f)。


人間の集団には、他と違うポイントがある。人間の群衆の動きには、意図しない力である物理的力と、目標を達成しようと意図して生み出す力である社会的力の双方が関わっている(p.76)。例えば人の集団が出口を求めて彷徨っているときに、明確にある方向に向かって歩き出す人がいれば、みんなついていくということが起こる。


ここまであまり群知能らしい話は実は無い。後半は人間の集団的意思決定の話に移る。群衆内では近隣の人としかやり取りできないため、個人の行動や判断は制約を受ける。群衆以外の集団形態では、もっと自由に他の人とコミュニケーションできるため、共同の意思決定が可能になる。その際には、多数決や平均がよい集団的意思決定に導く(p.99)。


集団の知恵が活用可能であるためには、(1)各人は独立して自ら進んで考える、(2)問題には現実と照合可能な明確な答えがある、(3)各人が同じ問題に回答している、という三つの条件が必要(p.101f)。多様な見解があったときに、それが一つの合意を見るには3つのやり方がある(p.121-145)。(1)自然に倣い、周囲の多数派に従うこと。近隣にある行動をしている個体の数が増えれば、非線形にその行動を選ぶ可能性が高まる。クォーラム反応。(2)議論に基づく理性的な合意。これはアローの不可能性定理に突き当たる。また相互確証幻想のような集団思考(集団内の圧力と閉じた思考、過大評価)にはまる。(3)群知能を用いる。


ここまで述べた、集団の知恵group intelligenceは群知能swarm intelligenceとは異なる。集団の知恵は、集団内の多様性を利用して問題を解決するもの。群知能は集団内の局所的な相互作用から創発的に生じる自然発生現象のこと(p.145)。とあるのだが、群知能をメインとした議論がいまいち出てこない。


この後はむしろ複雑系の話へ移る。ネットワーク科学の話が扱われ、スケールフリーネットワークにおけるマタイ効果が取り上げられる。マタイ効果は、新しくネットワークに加わるノードが既存のノードとの間にエッジを形成する確率は、既存のノードがすでに形成しているエッジに依存するというものだ。すなわち、人気者はますます人気者になる。スケールフリーネットワークの自己組織化原理である(p.168-172)。


そうしたノードはSNSだとインフルエンサーのようになる。一部のインフルエンサーから情報が広まるというバイラルマーケティングの仮説は怪しい、という話が興味深い。ネットワーク科学の大家ダンカン・ワッツらの研究によれば、むしろ一定数の個人を説得するほうが良いのだという(p.181-185)。挙げられている論文が読んでみたいが、気軽には入手できないようだ。


あとはなぜかヒューリステックスの話が続く。どのようなヒューリスティックスのルールがあって、情報が不足している状況での意思決定に何が役立つかを語る。たしかに複雑で不確実な状況での意思決定に役立つだろう。しかしこれらは基本的に個人の意思決定の場面であり、集団的意思決定とは関係ない。まして群知能の話は飛んでしまっている。


というわけで集団知能については多く書かれているのだが、群知能についてはいまひとつ明確には書かれていない印象を持った。残念。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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