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ローマン・クルツナリック『グッド・アンセスター』

私たちがGood Ancestor、すなわち後世の人々から見て良い祖先であったと評価されるためには、いま何をしたらよいかを語った一冊。短期的な利害に引きずられがちな私たちの思考を、いかにして100年単位の長期的な利害を考えるように向けられるか。そして考えた事柄を実行に移すようにできるか。人々を長期思考に向けされるためのアプローチ、長期的利害を検討するためのアプローチ、長期的利害を踏まえた方策を立案し実行するためのアプローチなど、非常に具体的であり、またツールボックスとして端的にまとまっている。非常にまとまりがよく具体例も豊富な一冊。


もちろん典型的には気候変動に明らかなように、私たちは長期思考を必要としている。そうした課題には、海洋賛成化や、生物多様性の喪失なども挙げられる。私たちは自然に回復する以上の資源を消費している。それはすなわち、未来の世代が利用できたであろう資源を先取りしていることになる。こうして未来は収奪され植民地化されている。パラドキシカルだが、いまもっとも緊急性の高い課題は長期思考である(p.12)。


もともと人類には、長期的に物事を考える能力が備わっている。未来について思考することができることが、他の生物と人類の違いでもある。私たちは数時間後の食事の内容を考えることもできるし、数十年にわたる住宅ローンや老後の心配をすることもできる。このように短期思考と長期思考を瞬時に切り替えることもできる。しかし、自分の寿命をはるかに超えるスパン(20〜30年)で考えることは苦手だ(p.41-43)。


長期思考は苦手とはいえ、人類史にはそうした例は多い。人間の長期計画の能力を示す、数十年から数百年に及ぶ長期的なプロジェクトが、建築、公共政策、社会運動、科学研究から一覧されている(p.113-123)。ここにはエジプトのピラミッド(18年間)から始まって、ドイツのウルム大聖堂(513年間)、万里の長城、オスマンのパリ大改造、欧州連合、スヴァールヴァルの種子貯蔵庫など様々なものが挙げられる。


長期思考のため認知的スキルセットは、本書で3グループの計6つにまとめられている。想像力、すなわち(1)宇宙スケールのディープタイムの自覚と(2)地球規模の超目標。ケア、すなわち(3)後世への遺産の意識と、(4)7世代に渡る世代間の公正。計画、すなわち(5)人間の寿命を超えるプロジェクトを考える大聖堂思考と、(6)複数のシナリオを描く全体論的な未来予測である(p.18f )。本書はまずこれらのそれぞれについて、萌芽的な具体的事例を豊富に合わせながら論じていく。


長期思考をもたらすには、日常的な時間感覚をまず変えなければならない。人類の歴史をはるかに超える地質学的時間、ディープタイムは、1785年に地質学者ジェームズ・ハットンにより印象的に示された。ディープタイムの発見は地質学と考古学への熱狂をもたらし、ウェルズの未来学、SFの誕生につながる(p.53-55)。ディープタイムは抽象的な概念だが、アート作品、メタファーやストーリーテリング、化石や巨木などの体験の3つの分野で具体化されてきた(p.56-65, 253-263)。特にアート作品は、こうした長期的時間の感覚を可視化している。


人類の超目標を設定してその達成に努力することは、長期思考のための6つの戦略の中でもっとも基本的である。超目標の候補は5つある。(1)永続的な進歩(終わりなき経済成長)、(2)ユートピアの夢(信念に基づく理想社会の創生)、(3)テクノ解放運動(技術による人間のアップデート)、(4)サバイバルモード(文明崩壊に適応する人間の生存スキルの開発)、(5)一つの惑星の繁栄(豊かな地球が維持できる範囲で、未来に渡るすべての人々のニーズを満たす)(p.163-186)。永続的進歩は維持しがたいし、ユートピアの夢はそのような基盤があってこそ。テクノ解放運動とサバイバルモードはありうる目標設定だが、その場しのぎであり長期的な利害からむしろ目をそらす結果になる。地球という惑星全体の将来にわたる繁栄こそ、設定されるべき目標である。ここで徳川幕府の話が出てくるのが興味深い。ちなみに他にも本書には日本の試みが多く登場する。1550年代から1750年代にかけて、日本はその森林資源をかなり酷使し、結果として飢饉や水害に多く見舞われていたという。徳川幕府は長期的視野と独裁によって植林を行い、森林という社会基盤の生態系資源を荒廃から救い、文明の衰退を免れたという(p.127f)。


後世への遺産、未来の人々すべてに利益をもたらすのだというレガシーマインドセットが必要とされる。そのような長期思考を養う3つのアプローチが挙げられる。死の肩たたき(自分の死後を想像させるようなきっかけ)、世代間のギフト、自らの祖先系譜の認識(先祖崇拝やマオリ族のファカパパ)(p.69-79)。


世代間公正も難しいテーマである。そもそも経済学的な割引の概念は、未来の利害をほぼゼロにしてしまう。世代間公正を動機付けるモチーフは4つである。(1)矢(時間的に離れていることは結果の責任を減らさない)、(2)天秤(これからの5万年の人口はこれまでの5万年の約6万倍)、(3)目隠し(ロールズの無知のベール)、(4)バトン(過去世代にしてほしかったことを将来世代にする)(p.86-100)。


大聖堂思考は長期にわたる計画であって、そのような例は人類史にもみられる。未来はあくまでも予測不可能であるから、時に応じた複数のシナリオを描いておかなければならない。


そうした長期思考に基づく計画をどう遂行していけばいいのか。実は民主主義ではこれは難しい。短期的(といっても30-50年くらいは範囲内)の利害に傾く人がほとんどであるから、未来の利益のために現在の利益を抑えることは民主主義的に合意するのは困難を極める。一見、独裁政のほうがうまくいくのではという誘因もあるが、著者が取る選択肢ではない。


選挙サイクルの短さなどから、民主主義はどうしても短期志向になってしまう。そこで民主主義に長期思考を注入する、「ディープ・デモクラシー」の4つの代表的な提案が挙げられる。(1)未来の守護者。未来の世代を代表する機関を設ける。1993年フィンランドの未来委員会に始まり、もっとも有名なのは2015年イギリス・ウェールズの将来世代委員。(2)市民議会、選挙により選ばれる政治家でなく、抽選で選ばれる一般市民からなる議会。日本のフューチャー・デザイン運動。(3)世代間の権利、将来世代の権利を憲法など法律に書き込むこと。あるいは地球の権利を認めること(ポリー・ヒギンズの(ジェノサイドならぬ)「エコサイド」、地球に対する国際犯罪の主張)。(4)自治都市国家、国家から都市への権限移譲。都市の方が変化に対応できる柔軟性と適応性を備えている(p.204-220)。


民主主義に対する長期思考の注入と並んで、著者が役に立つだろうとするのが宗教である。宗教はどれもかなり長期的な時間軸で物事を語る。宗教共同体は未来の世代を招き入れるのに役立つ。未来との橋渡しを神のような超自然的存在がなすことになる。無宗教の人には、ガイヤ思考のような地球そのものを超自然的に眺める、地球崇拝教が必要かもしれない(p.267-270)。


私たちの文明の在り方は変わっていかなければならない。持続可能な経済モデルとしての再生型(regenerative)デザインが必要だ。その成功の可能性は今のところ低いが、4つの分野で育ちつつある。(1)循環型経済、(2)コスモローカル生産(すべてを地産地消する都市)、(3)エネルギー民主主義(マイクロ発電)、(4)再野生化(自然保護でなく自然を戻す。1995年アメリカのイエローストーン国立公園へのオオカミ導入)(p.236-244)。


非常に具体的、かつ抽象的にもまとまっており説得力の高い本だ。では長期思考の必要性について納得し、遠い将来世代のためにいま何か活動する気になるかというと、ならない。世代間倫理、まだ存在しもしないし、どのように存在するかも不明な人々とどのように倫理的関係や政治的関係(正義と公正にまつわる関係)を構成するのかは、かなり難しい問題である。昨今、気候変動について人々が動いているのも、明らかにそれが体感できるようになってきたからであり、30~50年後の未来を見ていることがほとんどである。破局を迎えなければ人々は結局、行動しないかもしれないとは著者も書く。


例えば昔の人々は入会地を大切にしてきた。それはエネルギー源であり、農作や牧畜の肥料の源であり、コミュニティを維持する源だったからだ。しかし後世の私たちからすれば、そうした用途で入会地はもう必要としていない。エネルギー源は大きく変わったし、化学肥料があるし、コミュニティの維持はまったく異なる手段がある。後世の人々はCO2に対処する方法を見つけ出し、この時期に人々が必死になったCO2削減活動など誤差の範囲であったことになるかもしれない。私はどちらかというとテクノ解放運動という超目標に与する。長期思考を取るような人々にはとても勇気づけられる一冊で、そうした人々が増えているとはいえ、その外部に説得的かは心もとないと思う。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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