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城山英明『科学技術と政治』

 

科学技術と政治の関わりについて記した学術書。内容は科学技術のいくつかの分野(原子力、宇宙、航空、医療など)における政治との関わりをまとめたものが多い。学術的な議論のための教科書の役割。事項のまとめの趣が大きく、例えば様々な政策の比較考量であったり、そこからの提言といったものはさほど多くない印象。 


 科学技術政策について、大きく二つの意味がある。第一に、科学技術に関する政策である。ここでは各分野に対する資源配分や、研究開発のマネジメントが主な政策手段となる。第二に、科学技術を利用する政策である。こちらでは、技術を社会に導入して社会課題を解決するマネジメントが主な政策手段となる。すなわち、リスク評価・管理や、関連精度の整備などだ。これは科学技術を生み出すための政策と、生み出された科学技術を社会適用するための政策と言える。ただ、最近の科学技術ではイノベーションが重視されている。つまり、基礎研究と応用研究、さらに新たな産業の創造や生活様式の変化にまで導こうとする認識がある。象徴的には2014年に、日本の総合科学技術会議は総合科学技術・イノベーション会議と改称されている。こうして、この二つの科学技術政策は限りなく近づいている(p.6-8)。本書では第一部で科学技術のリスク管理、すなわち社会適用における政策を扱う。第二部では科学技術を生み出すイノベーションの政策を扱う。第三部では科学技術政策の国際協調について扱う。


科学技術の社会適用において起こってくる政治的動きが4つのパターンに集約される(p.20-29)。(1)利害の一致による連合形成。ただし複数の集団で利害が一致したとしても、それはしばしば同床異夢になる。例えば1920年代のアメリカ南部において、禁酒法の維持を求める聖職者と、高利益を維持したい密輸人が連携した。また現在では、温暖化対策として脱化石燃料を目指す集団と、中東へのエネルギー依存を脱却したい集団の連携も見られる。(2)本人・代理人関係。科学技術は高度に専門的であるため、科学技術の社会適用に際しては専門家に頼らざるを得ない。このとき、モニタリング、説明責任が重要となる。(3)経路依存。社会が選択した技術や制度は一定期間、その社会の技術選択を規定してしまう。技術によるロックインだが、社会の側が規格化・標準化という形でみずからを拘束することもある。QWERTYキーボード配列がよい例。経路依存の問題に対しては、ロックインの一定期間を見越して、長期的な時間スケールでの対応が求められる。(4)政治的ドライバーとしての技術。技術の開発や導入は社会変化のきっかけとなる。鉄道の導入による人々の移動の変化。農産技術の改良による収益率の増大と定住化。軍事技術の転用による民生技術の社会変化(インターネットなど)。


科学技術を社会で用いる際のリスクの評価、管理、コミュニケーションについて、評価と管理を同じ組織で行うか、別にするかという選択肢がある(p.42-54)。同じ組織としたのは原子力規制委員会、別組織としたのは食品安全委員会と厚生労働省や消費者庁が挙げられる。別組織にする場合は人材の奪い合いになる。人材の共有は評価組織と管理組織の連携を深める一方、独立性を危うくする。このあたりは、メリット・デメリットの分析がもっと欲しいと感じるところ。


原子力安全委員会などでは、2000年代に津波のリスクの評価を行ったが、理学系や工学系の専門家の間で見解の合意が取れなかった。これに対して2013年に内閣官房に国家強靭化推進室が設置され、分野横断的にリスクへの対応を検討しようとしている。だが、イギリスやシンガポールの試みに比べて、日本の取組みは主に自然災害のみに対象を限定いる。大規模事故やテロを対象としていない。また最悪の事態が起こることをそもそも前提として議論が始まっている。そうした事態がどのくらい起こるのか、個別のリスク評価を行っていない(p. 60f 65-68)。これは確かに、福島第一原子力発電所事故という最悪の事態のリスク評価が事前にできなかったという反省から出発している側面があろう。


航空事故のケース分析は面白い。航空事故はリスク評価・管理のお手本の事例としてよく見る。アメリカでは事故調査と刑事制裁は分断され、事故調査において明らかになった情報が裁判過程で使われないようになっている、と認識されることが日本には多い。確かに、航空安全についても医療分野においても、実行調査と刑事責任追及の組織は分断されている。だが行政処分は多く行われているし、民事裁判における証拠の流用制限は実質的に空洞化している。日本においては特に航空事故調査委員会は発足当初、スタッフが限られていたため、警察への協力要請が主となった。そのため、行政的責任追及よりも刑事責任を追及が多くなっている(p.77-81)。


ついで新たな科学技術の産出の議論へ。科学技術の知識生産を促進する政策手段は、5つにまとめられる(p.97-106)。(1)研究の自由の確保と統制(コントール)の設定。イノベーションは研究者の自由なアイデアから生まれるとはいえ、安全性や安全保障の側面から統制することも必要である。(2)ファンディングの方法。使途を指定しない資金配分(コア・ファンディング)か、目的を提示して獲得を競争するプロジェクト・ファンディングの2つ。大学でいうと、前者が一般大学基金や私学助成金などであり、後者が科研費などに当たる。近年は後者への傾向が強い。(3)知的財産権と学問的コモンズ。知識生産の主な動機が経済的インセンティブの場合のみ、知的財産権の活用は機能する。研究者を内的に動機付けている知的好奇心を見落としてはならない。(4)企業の役割への関与。企業間の競争が中程度のとき、イノベーションはもっとも活発になるという研究がある。競争が激しいと競争だけで摩耗してしまいイノベーションまで手が回らない。競争が緩やかだと、イノベーションを起こして他社と差別化する動機が生まれない。(5)技術強制と自主的対応。環境規制などで高いハードルを設定することでイノベーションを促す。1970年台のアメリカで行われたNOx規制や、ガソリンの鉛規制が業界にイノベーションを強制したと言われる。ただ1980年台の自動車の排出規制は、結果的にうまく行っただけとも言えるという評価。


科学技術が一度導入され、ロックインした社会でどう新しい技術へ移行するか。これはなかなか重要な論点だ。単に社会適用が論じられることが多く、移行という観点が抜けていることは見る。移行マネジメントの要点は3つ挙げられる(p.127-132)。(1)実験的な試みを行う移行アリーナを設ける。これは特区とかが該当し、場所や期間を限ることにより、移行を実験的に行うことの調整が容易となる。(2)フレーミングを工夫することにより、ステークホルダーを調整する。環境に優しい都市づくりとするか、高齢者にもやさしい都市づくりとするか、目的の設定の仕方で関与するステークホルダーは変わる。(3)分野横断的な連携により、レジーム(一定の分野における支配的構造)が相互作用しながらシステム転換する、共進化を起こす。移行については著者も関わった、北九州のエコタウン構築事業、富山市のコンパクトシティー構築事業が挙げられている。


後は、科学技術の社会影響評価(テクノロジー・アセスメント)、国家レベルにおける各科学技術イノベーションの調整メカニズム。国際協調では食品や気候変動における国際的なリスク規制の仕組み、デュアルユースへの対処など国際安全保障、海洋・宇宙・原子力・知的財産権における国際協力の枠組みなどの議論が続くが、息切れ。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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