読んだ本をひたすら列挙。読書のペース配分とその後の読み直しのためのメモ。学而不思則罔、思而不学則殆。
教育格差を引き起こしているのものが何であって、それに私たちはどう対処できるか。アメリカのジャーナリストによる分かりやすい問題提起と、解決に向けたいくつかの試みの紹介。まずもってこれはアメリカの事例であることに注意が必要。また一般的な教育論として読むには、貧困層に対するアプローチについて書かれていることにも注意が必要だろう。例えば未就学期における幼児教育の重要性を明らかにしたペリー・プロジェクトは貧困層に対しての効果であって、安易な外挿はできないように。実際、幼児に対する就学前のプログラムは、裕福な家の子供達にはプラス効果はほとんど無いか、まったくない。貧困層の子供に対しては、プログラムの質が高ければ役立つ(p.46)。
アメリカにおいて、貧困家庭とそれ以外の教育上の格差は広がり続けている。だがそもそも、貧困家庭に育つことの何が問題で、何が厄介な結果を生んでいるのだろうか?貧困が教育格差に直結するわけではない。単に教育に投資する資金が無いだけだろうか。著者の結論では、貧困層において教育格差を生むのは、粘り強さ、誠実さ、自制心、楽観主義などの「非認知能力」と呼ばれる気質である。ではそれはどうしたら育てられるだろうか(p.16-19)。なおこの非認知能力は、非認知スキルと言われることもある。だが著者はこれはスキル、すなわち訓練して獲得可能な技能ではないと捉えている。
非認知能力が教えることのできるスキルではないとしたら何なのか。それは、子供を取り巻く環境の産物である。したがって子供の非認知能力を高めたいなら、働きかけるべきは子供自身ではない。働きかけ、変えていくべきは環境(特に保護者の子供への対応)である(p.27)。落ち着いてしっかりと勉学に向き合えない子供がいる。しかしそうした子供に対して、きちんと勉強するように言いつけ、強制することはほぼ意味がない。そもそもその子供は、粘り強く努力するような能力を持っていないのである。必要なのは、そうした能力をもたせることだ。しかし教育現場はむしろ強制するほうが多い。
非認知能力は6歳未満、特に3歳未満の時期こそが、発達を促す絶好のチャンスである。逆に言えば、危険が潜む時期でもある(p.45)。どこに危険が潜むか。環境の中で子供の発達をもっとも左右するのはストレスである。とりわけ幼児期に経験した高レベルのストレス(有害ストレス)は、前頭前皮質の発達を阻害し、感情面や認知面での制御能力が育つのを妨げる(p.28-30)。もっとも脅威なのはネグレクト、すなわち保護者からの反応の欠如だ。子供は周りの環境に決まったパターンが見いだせないと、不安定な人生への準備を始め、常に警戒するようになる。なお、ネグレクトは、慢性的な低刺激の状態、すなわち保護者が子供にあまり反応せず、泣いても話しかけても無視され、テレビの前に長時間放置される状態でも発達上の問題となる(p.40-42)。
つまり、ネグレクトを頂点とするストレスの多い環境において育った子供が非認知能力を備えていないのは、そうした環境に適応した結果なのである。そう見れば、子供は何らかの能力が欠如している(適応する能力を欠いている)というより、別の能力を身に着けているとも言える。周りの環境に安定したパターンが見いだせないため、継続して一定の物事を持続するよりも、常に警戒し、場に応じて次々と自分の行動を変えるというのが、その環境への適応戦略なのだ。したがって必要なのは、環境を変えて、新たな環境に対する適応を促すことだろう。
ブルック・スタフォードープリザールというコンサルタントは「学習のための積み木」というアイデアを提起している。それによれば、レジリエンス、好奇心、学業への粘りといった高次の非認知能力は、まず土台となる実行機能、つまり自己認識能力や人間関係をつくる能力などが発達していな いと、身につけるの難しい。一方でこうした実行機能の能力も、人生の最初期に築かれるはずの安定したアタッチメントや、ストレスを管理する能力、自制心といった基幹の上に成り立つ(p.72-77)。積み木の上のピースから始めることはできない。
前半では主に保護者に論点を合わせ、保護者のどのような対応が子供の非認知能力を育むかを論じる。それは安心して自分のやりたいことができる環境を与え、アタッチメントを築くこと。問題は幼児ではなく、その保護者だ。幼児に公共的なと教育投資を行うといっても、効果があるのはむしろ保護者を変えることである。
一方、本書の後半は学校教育を扱う。生徒の非認知能力を高め、モチベーションを保つ様々な試みが挙げられる。とはいえ、賞賛と叱責や、金銭による外的な動機づけは持続的ではない。外的に与えられるインセンティブに依存せず、内発的な動機づけを維持するには、有能感、自律性、関係性(人とのつながり)がという3つの要素が必要と説かれる(p.86)。シカゴ学校研究協会とカミーユ・ファリントンの「学業のためのマインドセット」、失敗したときに周りがポジティブに受け止め、生徒に学校への帰属感を与える。ビカミング・ア・マンのプログラム、グループ討論やロールプレイで怒りを制御する方法を身につける。ELエデュケーションのプログラム、グループ活動を増やし、生徒間の人間関係を構築する。
いくつかの取り組みが紹介されるが、決定打があるわけではない。貧困層の子供たちを助けようと、様々な人々が模索しているような状況がうかがえる。著者は最後に、3つの提案としてまとめている(p.150-153)。(1)政策の変更。貧困層の子供達の教育の財源を確保すること。(2)行動の変更。逆境で育つ子供たちの環境を変えるのは、根本的には個人の仕事。子供に関わる一人ひとりが行動を変えること。(3)考え方の変更。子供たちを手助けして困難な環境を乗り越えさせるのはとても難しいが、可能であると認識すること。
Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。
別館:note
コメントの投稿