読んだ本をひたすら列挙。読書のペース配分とその後の読み直しのためのメモ。学而不思則罔、思而不学則殆。
企業が成功するためには、コミュニティとして機能するチームが欠かせない。個人的な利益よりもチームの利益を優先させ、会社にとってよいことや正しいことを徹底的に追求するチームだ。こうしたコミュニティは、とくに有能で野心的な人たちのあいだには自然に生まれないため、コーチ、それもチームコーチの役割を担う人の介在が欠かせない。(p.273)
グーグルの経営陣やスティーブ・ジョブスのコーチを務めた、ビル・キャンベルという人についての本。そのコーチングを受けた人々が、ビル亡き後にそのエッセンスを広めようとして本書は生まれた。ときおり、組織心理学の研究成果でバックアップしながら、ビルのコーチングのポイントをたどっている。記述は生き生きしており、ビル本人の性格や独特な話し方をうかがうこともできる。
ビルのコーチングの核は、チームである。ビルは人を心底気にかけ、チームとして成果が出るようにコーチングした。ビジネスにおけるコーチは、どことなく一人に対するものであるようなイメージがある。ビルは、チームとして成果が出る方法を求めて、チームミーティングにもオブザーバーとして参加し、個々人が自分のエゴではなくチームのために意思決定ができるよう導いた。本書が描くポイントは4つ(p.56f)。(1)ビルはスタッフとの個別面談など、コミュニケーションを細部に至るまでどう実行したか。(2)一緒に働く人たちとどうやって信頼関係を築いたか。(3)どうやってチームを構築したか。(4)職場にどうやって愛を持ち込んだか。
それはビルがもともとフットボールのコーチだったことに関連する。ビルはフットボールでは選手を気遣ってばかりで失敗した。プロスポーツの世界はチームというよりも、やはり個々のプレイヤーが競争する世界である。ビジネスでは思いやりが成果を出すのに重要なため、ビジネスのコーチとしては成功した(p.28)。ビルはフットボールコーチをやめたあと、広告会社、コダックでの成功を経て、スカリーに引き抜かれてアップルでも成功。イントゥイットCEOを務めた後、フルタイムのコーチになった(p.28-36)。
話はマネジャー論から始まる。マネジャーの延長線上にリーダーがあり、マネジャーとして信頼を得てこそリードに人はついてくる(p.66f)。グーグルでエンジニアリングチームのマネジャーを廃止したラリー・ペイジに対して、ビルはマネジャーの必要性を主張した。現場のエンジニアは学習機会をもたらし、意思決定を行うマネジャーを求めていた(p.62f)。どんな仕事も人がすべてである。マネジャーは部下のコーチとして、部下が能力を発揮して成功するための手助けをする(p.72f)。チームの心理的安全性を確保することが大事であり、その出発点は信頼である(p.127f)。普段一緒に仕事をしていない二人をペアにして仕事をさせ、チーム内の信頼感を養うという方法もある(p.187-189)。
マネジャーが取るべき方法としては、1 on 1とスタッフミーティングの重視、ミーティングを仕事以外のプライベートな話題から始めること、チームでの意思決定を重視すること(p.76-81)。ミーティングとは全員の意見の一致、コンセンサスを求めるものではない。必要なのは最適解だ。全員の意見を吸い上げるが、意思決定は全員ではなくマネジャーが行うべき(p.91-93)。
マネジャーの意思決定において立脚せよ、とされるのが第一原理である。会社やプロダクトを支える第一原理に従って意思決定すること(p.98-102)。ミッションやビジョンという形で定式化される、自分たちのやるべきことの原理だ。営業やマーケティングではなくプロダクトを中心に据え、エンジニア集団を重視したのは、80年代のシリコンバレーでも珍しい(p.109-115)。
チームを最優先にするビルの方針は、フットボールのようなチームスポーツでは当たり前だが、ビジネスではそうではなかった。グーグルが2004年のIPOのとき、エリック・シュミットを会長から外したときのエピソードは印象的だ。ビルはエリックに、エゴではなくチームを重視する視点からコーチングし、何がグーグル経営チームのためにベストかを説き続けた。エリックはその結果、いったん会長を退いた。ビルはエリックが会長に復帰する際には強力にバックアップした(p.166-173)。
ビルがコーチしたのは、コーチングが可能な人だけだ。正直さ、謙虚さ、諦めない姿勢、学ぼうとする意欲をもつ人がその条件に挙げられる(p.134-139)。グーグルの上級マネジャーの採用では、ビルに会うことが重要なステップになっていた。この条件は、チームプレイヤーの条件とも重なる。知性、遠い類推(かけ離れたものごとをつなげる発想)、勤勉、誠実、諦めない姿勢(グリッド)が挙げられる(p.177f)。
最後の方に出てくるのが、チームの人々への愛だ。愛という言葉がビジネスの現場で出てくる違和感については著者たちも言及している(p.57)。これは、相手を温かく人として受け入れること、思いやりと慈しみである(p.231)。目の前の人を徹底して気遣うことだ。そのときコーチングをしているチームに没頭すること。ビルは少女フットポールのセイクリッド・ハートのコーチも行っていた。そのレッスン中は、どんなビジネスの重役からの連絡も遮断した。スティーブ・ジョブスからの電話がかかってきたことを中学生たちに見せて、電話に出なかったエピソードはとてもクールだ(p.208)。
仕事とプライベートを分けて扱うのではなく、まるごとの人間を受け入れ愛することで、チームは強くなる。ビルは同僚の家族にも興味を持ち親しくなった(p.233-239)。また、人と人のつながり、コミュニティ形成にも心を砕いた。いまでいう社会関係資本の形成だ。毎年のスーパーボウル観戦ツアーの企画、人々の集まるスポーツバーの経営、友人たちとの旅行。人と人を結びつける達人だった(p.247-254)。
コーチはゲームに参加しないからこそ、全員を俯瞰して異なる視点から見ることができる(p.217-224)。ビルは率直で罵り言葉も多かった。いまの世情だとやや受け入れられ難い面もあろう。ただそれは、批判的なフィードバックを率直に与えることでもある。「人当たりの悪いギバー」とアダム・グラントが言ったものだそうだ。表向きは無愛想で扱いにくいが、内心は相手のためを心から思っている(p.146-155)。
こうしたビルの言動は、誰しも真似できることではないだろう。むしろ唯一無二だからこそ、そこまで慕われたのだろう。ただ、誰しも努力することはできる。ブルース・チゼン(アドビシステムズCEO)のケース。外交的でないブルースは、多く努力して練習した。まず人の名前を覚えること。エレベータ内で一緒になった人と雑談すること。ビルのやり方はなかなか真似できないが、大切なのは「やろう」と自分を駆り立てることだ(p.264-268)。
Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。
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