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池上俊一『動物裁判』

動物裁判はおろかであり、また残酷であるかもしれない。しかし、シャサネのような立派な弁護士に代弁してもらえる虫たちは、なんの主張もできずに、人間の都合で一方的に駆除されてしまう今日の虫たちよりも、考えようによってはずっと幸せなのではないかと。そしてそうした配慮を自然に対してすることのできた人間と文化も、ある意味で豊かであったのではないかと。(p.90)

1990年刊と古めの本だが、この主題についてはいまでもほぼこの一冊しか無い。中世西欧において、動物を被告とする裁判が広く行われていた。それは「こんにちなら事故・自然災害・家畜所有者の不注意としてかたづけられる出来事が、動物の「犯罪」を構成し、正規の司法官をそろえた裁判所で、人間にたいするのとまったく同一の訴訟手続を細大洩らさずふんで、厳正な審理がなされ、しかるのちに判決がくだされ、刑が執行された」(p.26)というものである。現代では環境保護活動家が動物や樹木を原告として、その権利を守るべく企業や行政機関を訴えるといったことがある。中世の動物裁判は、これと原告と被告の位置がちょうど逆転したものである(p.230f)。


動物裁判の資料を取りまとめた歴史家が少なかったため、かつて動物裁判は例外的な事例とみなされてきた。しかし動物裁判や処刑はけっして例外的で孤立した出来事ではなく、むしろ常態として13世紀から数世紀間、ヨーロッパ各地で活発に行われた。12世紀以降、18世紀までとりわけフランス、スイスで頻繁に繰り広げられた(p.15f, 27f)。本書は第一部でまず各所の様々な事例を取り上げ、動物裁判の実態に迫る。第二部では、この時期における自然に対する態度という文脈に動物裁判を置くべく、中世における人間の自然との関わりを概論する。読む人によっては第一部は細かすぎてポイントが分からないし、第二部は議論の枠組みが大きすぎて論旨が茫洋としてしまうかもしれない。個々の事例という虫の目と、自然観という抽象的レベルの鳥の目を両立させる、アナール学派に学んだ歴史家らしいやり方だろう。


動物裁判でよく出てくるのはブタである。ブタが人間の幼児を傷つけたり、はたまた殺して食べてしまったりして動物裁判にかけられる。中世においてブタはすでに家畜であったが、ブタと人間との距離は現代よりもはるかに近い。特に中世のブタはまだイノシシに近く、牙が生えており獰猛な黒ブタだった(p.24, 76)。ほかにはウシも登場する。さらにはハエ、ネズミ、ミミズなどの昆虫や小動物も害虫や害獣として裁かれた。大量に発生して被害を及ぼした場合は、何匹かが採集されて代表として裁判官の前に出頭させられることも稀ではなかった(p.36, 45)。こうした害虫・小害獣に対しては退去命令がなされ、聖水が散布され、呪いの言葉が発せられた。それでもダメなときは破門宣告が下された(p.79)。中世においてキリスト教の破門宣告は、社会からの追放を意味する極めて重い処置であった。こうしたものは効果があったとされるが、おそらくは荒らしていた食物を食べ尽くして他の場所に移動しただけであろう。ちなみに動物だけでなく、植物に対しても裁判が行われた事例もある。


当然ながら動物は法廷に連れてこられても自分で弁明はできない。そこで詳細な事実認定が行われ、動物には弁護士がつけられて弁護を行った。判決の宣告や刑の執行も人間に対するのと同じようになされた。さらに人間に人権があるように、動物にもある一定の固有の権利があると考えられていた。動物は自己本能が導いた土地に留まる権利があり、別の適当な土地を提供できなければ退去命令は宣告すべきではない。また、ときに動物は人間の未成年と同じ恩恵を享受すると考えられていた(p.85)。昆虫や小動物による災害からの解放を神に祈ることは、他の文化社会でもよくあることだ。しかしこの動物裁判のポイントは裁判にかけて破門までしてしまうことである。この間には大きな隔たりがある(p.85)。


現代の我々からすれば、こういった動物裁判の慣習は奇妙である。なにせ動物は善悪の分別能力を持たないのだから、その行動の結果について責任を問う裁判は意味がない。合理主義的なこうした動物裁判批判は、当時も無かったわけではない。13世紀後半のボーマノワールによる慣習法についての書籍や、トマス・アクィナスの『神学大全』に見られる。しかしこれらの合理主義的見解はむしろ例外であって、この後の動物裁判が頻繁に行われる時代には、この見解の後を継ぐ者がいない。16世紀になってようやく沈黙を破って動物裁判を論じるものが現れる。動物裁判が、動物所有者への罰金と損害賠償へと変わるのは16世紀後半であり、動物を破門することの効力の信頼が薄れるには18世紀の啓蒙主義が必要であった(p.104-117, 205f)。


この動物裁判という慣習を、どう見れば良いのだろうか。著者は第二部で中世の自然観という、より高い視座から位置づけようとする。まず農業や牧畜による自然資源の利用、支配である。犂や水車といった農業システムの発達や、狩猟・家畜化による自然世界の領有は、動物裁判と通じるところがある。自然世界の領有は技術や機械による自然の人間世界の取り込みである。動物裁判は人間の世界を律する法訴訟手続きを自然に適用して、自然を人間の理性や文化の条理に無理やり押し込む装置であった(p.148f)。またキリスト教と異教との関わりでもある。動物裁判はキリスト教が民衆の側になおも残っているアニミズムを一旦取り込み、破門宣告という形で追放するやり方であったとも言える。しかし初期中世ではなく、キリスト教が絶対優位になった中世中期、後期に動物裁判が行われたかは不明だ(p.159f)。


西欧において自然がそれとして考察の対象となる、自然がそれ自体として意識されるのは11世紀からだ。それ以前はキリスト教思想のもと、考察の対象となっていたのは神であり、霊的世界であった。プラトン、アリストテレスといった古代ギリシャ哲学がイスラム経由で入ってくることにより、事情は変わっていく。11世紀に初めて思想は霊的世界でなく、自然を意識的に対象とする。12世紀にはシャルトル学派が形而上と形而下の間として自然学を展開する。13世紀にはアリストテレスの影響のもと、合理的、機械的な自然像を作り上げる(p.180-185, 199f)。


ポイントはこの機械的な自然観である。13世紀以降ヨーロッパに広まった機械論的自然観が、合理的な法手続きによって動物を人間世界に同化しようとする動物裁判を支えている。ただこの機械論的自然観は、自然世界を人間世界に同化させる主観的人間中心主義である。17・18世紀に科学的合理主義が人間理性と自然を明確に区別するようになると、客観的人間主義に移行し、動物裁判は消えていくことになる(p.203)。つまり動物裁判は自然をそれ自体として意識の対象とし始めて後の自然観において、自然を人間から理解しようとする主観主義的な自然観から、理性を持つ人間とは別個の存在者として捉える客観主義的な自然観への移行に当たるものだ。動物裁判とは、まさに自然界に対する独善的な人間中心主義の風靡した時代の産物であった(p.212)。ただ、機械的な自然観と、人間を自然に投影する主観主義的自然観がどう整合するのかはよく読み解けなかった。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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