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中川毅『人類と気候の10万年史』

とてもワクワクする一冊。分野としては古気候学に属する。古気候学は堆積物を用いて、過去の気候を推定する学問。この分野では近年、大きなブレイクスルーがあった。そのブレイクスルーに深く関わった著者が、古気候学で分かってきたことを平易に記している。研究内容は堆積物を1mmスライスなどでひたすら観察し、花粉の数を数えるなどきわめて地味だ。しかしそれが示唆する気候の動きはスケールが大きく、圧倒的なものだ。


もともと古気候学は千年単位の範囲の研究となるため、人々の理解しやすい10年単位の話は苦手だった。しかし、一年単位の堆積物である年縞堆積物の発見は、ブレイクスルーをもたらした。もっとも大きな年縞は実は日本にある。それは福井県の水月湖の年縞であり、7万年分もある。水月湖の年縞は世界的に有名で近年は教科書にも載っているそうで、地球の気候でなにか起こったか一年単位で分かるものだ(p.6-8)。


気候変動といえば昨今は大きな議論になっている。地球規模の気候変動が話題になるのは、1990年のIPCC第一次報告書以降だ。ニュースとして聞くようになったことと、気候の変動を人々が感覚的に理解するようになった。それ以前は1980年台のアフリカ大旱魃のような、地域的で一時的なものが主な話題だった(p.19-21)。しかし1970年代に心配されていたのは温暖化より寒冷化だった(p.39)。気象の歴史を見ると、いまの地球は500万年前から寒冷化が進んている。氷河は500万年前には北極、南極にもないほど、この時期は暖かった。氷河がそれ以降に形成されたものだ。ポイントは、寒冷化が進むと同時に振幅(気温の変動幅)が増大していること。現代のような温暖な時代は間氷期にすぎない(p.31-33)。ちなみに、温暖化は負のフィードバックが働くので、行き過ぎることはない。二酸化炭素が多いと光合成が強く働き、二酸化炭素を減らす方向に進む。逆に寒冷化は行き過ぎる。その極端な例が全球凍結だ。氷や雪は太陽光を反射してしまうので正のフィードバックが働く。この全球凍結は気象活動だけでは終えることはできず、火山活動で終わったとされる(p.30)。


500万年前から寒冷化が進む地球だが、間氷期はおよそ10万年の周期で訪れている。この周期は地球の公転軌道が楕円から円に変化することに由来する。これが軌道要素と気候を結びつけて考えるミランコビッチ理論である(p.34-36)。気候学における非常に重要な成果。また氷期では、一時的に急速な温暖化の時代が挟まることがある。これをダンスガード=オシュガー(D-O)イベントと言う。さらに氷期の終わりにも急速な温暖化があり、11600年前には数年で7℃も上昇した(p.74-76)。グリーンランドの氷床から、氷期・間氷期の6万年のこうした気候変動がうかがえる。著者はこうした寒冷期の移り変わり、D-Oイベントをカオス理論で説明する(p.44-49, 55-63)。氷期の終わりは3年や1年で一瞬で訪れた劇的な変化であり、複雑系の相転移に対応する(p.164-169)。ここはだいぶ難しい。本書の中での理論的な部分だ。


さてグリーンランドの氷床や、海底の泥から過去の気候を知ることはできる。だがそれは私たちが住む都市の気候の将来を予測するのだろうか。もっと人が住んでいたところでの気候の動きを知ることはできないだろうか。ここで役立つのが水月湖の年縞だ(p.79)。湖にはたしかに堆積物が溜まるが、どんな湖でもよいわけではない。若い湖ではない、大雨や山崩れで土砂の流入がない、ゴカイなどの生き物で海底がかき混ぜられていない、人間による浚渫が行われていない条件を満たす湖はごくわずか(p.80-82)。水月湖はこうした厳しい条件を満たす45m、7万年分の年縞を持つ奇跡の湖である。おまけに三方断層の働きにより水月湖は深くなり続けており、堆積物で埋まってしまうことがない(p.83-92)。


まずはこの水月湖の年縞を使って、過去の時間の目盛りを作る研究の様が語られる。結果としては2013年、水月湖のデータは4万年前までの標準時計INDCALとして認められた(p.111-115)。いまのところ、誤差のない年代決定法は樹木の年輪年代学しかない。しかしそれが有効なのはおよそ12000年前までだ(p.101)。炭素14の放射線測定は考古学などで有名だ。しかし炭素14年代測定は5万年前までしか使えない。炭素14は5万年でなくなってしまうのだ。数百から数千年の誤差もある(p.104f)。一年単位で気候の動きを知るには不十分だ。ちなみに炭素14年代測定を巡って、イタリアと中国のあいだの麺類起源論争というものが書かれている。この論争は、中国の遺跡からおよそ4000年前の、明らかに麺とみえるような遺物が見つかったとNature誌で報告され決着がついたように見えた。だが、その遺物がその後「紛失」しているらしい(p.106)。


ついで年縞に含まれる花粉の種類の地味な数え上げに基づく研究によって、15万年に及ぶ水月湖周辺の植生景観が再現される。それによれば、水月湖の植生は10万年をかけて現代のシベリアからヒマラヤ山麓の間を移動している(p.122-134)。ここでも、推定された植生によってミランコビッチ理論が検証される(p.135-141)。気候変動を復元する技術はここ20年で劇的に進歩している。過去の植生を現在の植生と比較し、現在の地点の気候と紐付けるモダン・アナログ法が挙げられる(p.146f)。日本における表層花粉と気象の整備されたデータは世界最高水準であり、そのデータ整備の苦労話も書かれている(p.151)。


さてミランコビッチ理論と植生を合わせて考えるとと、メタンや二酸化炭素は現在は減っているはずだ。しかし実際はそうなっておらず、現在の間氷期は意外なほど長く続いている。ウィリアム・ラジマンによるとメタンは5000年前、二酸化炭素は8000年前からミランコビッチ理論による予測を外れている。ラジマンによれば、その原因はアジアの水田農耕とヨーロッパの森林破壊にある。温暖化は産業革命以降ではないということだ。人間はその活動によって、とっくに来ているはずの氷期の訪れを遅らせているのかもしれない(p.158-162)。


最後は、気候変動とそれにどう人間が対処していくかを語る。例えば1993年の日本の米不足を引き起こした冷夏は、記憶に新しい。1991年のピナツボ火山の破局的噴火によるものというのが学会の定説だ。火山噴火は短期的な気象変動を引き起こす主要な要因なのである(p.172-174)。死者はおよそ90万人と言われる天明の大飢饉も、アイスランドや浅間山の噴火で5年に渡って寒冷化による不作が続いた。こうした不作への直接的な対策は備蓄だが、人類は過去から現在に渡ってせいぜい2年分程度しか備蓄していない。しかし過去には5年に渡る不作がある(p.176-178)。


そして気候変動とそれによる食料不足は文明を滅ぼす。ベネズエラ北部のカリアコ海盆には、水月湖に匹敵するような良質の年縞がある。この年縞にチタンが少なければ、その時期は雨が少ないことを示す。チタンは陸の土に多いため、雨による土砂の流入の多寡を表す。ベネズエラ北部の気候はユカタン半島の気候と並行と考えれば、マヤ文明の断絶期と少雨の時期が見事に対応する(p.179-185)。


氷期では農耕がほとんど行われておらず、間氷期になって突然、各地で広く行われるようになったのはなぜか。氷期の終わりは気候が不安定である。そのような場合は、限られた品種を育てる農耕よりも、自然の多様な生物資源を利用する狩猟採集のほうが有効だったのではないか(p.186-201)。つまり、単一品種を効率的に農耕するような現代社会のスタイルは、氷期には合わない可能性がある。いまの温暖期は例外的に長く続いている。それが変わるときには気候の変動が大きくなる。そうした非線形の変化は予測できない。気候が変動する時代には農業を基盤とする社会は見直しを迫られる。生き残れるのは千人、一万人に一人であろう(p.202-205)。


しかし人類にはなおも希望がある。抽象的な思考が可能な頭脳と様々なものを作り出す手を持つ適応力の高い人間と、100億人もの人口による多様性は来るべき気候変動を乗り切る希望であると著者は最後に記す(p.205-209)。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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