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ジョナサン・ロソス『生命の歴史は繰り返すのか?』

生物の進化を実験するというアプローチについて書かれた一冊。個々の研究について、なかなか読みやすく面白く書いている。現在に至る生物の進化は一回きりのものだが、もし初期条件や制約条件が異なったらまったく違う生物が誕生したのだろうか。例えば、恐竜が隕石の衝突で一気に滅ばなかったら、現生人類は誕生しているのだろうか。


こうした問いは答えようがないように見える。進化の仕組みは遺伝子の確率的な変動と環境による淘汰からなる。基本的には確率的事象である。したがって進化は予測不可能なものだ、というのがグールドの主張だった。この主張は一時期、大勢を占めたが現在では疑問視する向きも多く存在する。 進化は同じことを繰り返さないというグールドの主張への疑問から著者の研究生活が始まる。本書の大きな主張は、収斂進化は予測可能であるということ(p.xiiif)。


収斂進化とは、特に近縁でない種において、そっくりな機能を進化させること。本書の第一部では、収斂進化の豊富な例が挙げられる。イボウミヘビに分類されるオーストラリアとアジアの個体はそれぞれ遺伝的には大きく異なりながら、くちばし、配色、猛毒に至るまで形態的には差異がない。茶、コーヒー、カカオといったカフェインを産出する植物は近縁ではないし、カフェインを産出する酵素(N-メチルトランフェラーゼ)は種類が異なる(p.31-36)。カマキリとカマキリモドキ(カゲロウの仲間)、アリとシロアリ(ゴキブリの仲間)、イルカ・サメ・魚竜はそれぞれよく似た姿かたちをしている(p.47-49)。哺乳類は乳糖を消化する酵素ラクターゼを持つが、離乳するとこの酵素の遺伝子は停止する。ヒトでも成人の65%は乳糖不耐性であり牛乳を飲むとお腹がゆるくなる。成人の残りの34%はラクターゼ遺伝子を停止させない仕組みを生み出したが、それは収斂進化によっている。ヒト集団によりそれぞれ異なる遺伝的変異がラクターゼの継続的発現に関わっている(p.57f)。


こうした収斂進化は環境の制約に対応するもの。したがって環境の制約の方から、どういう進化が起こりうるかある程度予測することができる。特定の収斂進化とは違って、環境の制約から一般的に進化が予測できるものもある。島では動物は小さくなり、植物は大きくなる。大型の樹木の種子はヤシを除いて島への漂流に耐えないため、小型の樹木が他に遮られず大型化する。哺乳類と鳥類のサイズと体型は、赤道からの距離に応じて大きくなる(p.80-84)。収斂進化は普遍的に見られるが、一方でとてもユニークな生物(オーストラリアの生物など)もいる。同じ機能的利点を保つ構造を、収斂形質とするかしないかは、いくぶん恣意的である。環境の与える淘汰圧に適応する方法は複数あるし、進化はその時の手持ちの遺伝子から行われるので、必ずしも最適な構造には到達しない(p.97-102)。


これらは自然に観察できる生物からの例である。同じ環境の制約のもとにあれば、収斂進化はどの程度起こるのだろうか。ここで実験という考えが浮かぶ。だが進化において実験はあまり考えられてこなかった。ダーウィンは進化はゆっくりと進むと考えており、進化についての実験を行わなかった。進化は認識できないほど早く進むことがあるという認識が広まり、実験データが得られるようになったのは20世紀後半以降である。進化の実験に最も大きな影響を与えた有名な例としては、19世紀のオオシマフリエダシャクがある。白地にまだら模様のこの蛾は、煙突からの煤で木々が真っ黒な工業地帯では黒くなった(p.116-120)。


生物の進化にはゆっくりなものだけではなく、急激な進化も存在する。環境が激変していて自然淘汰が強く働けば、進化は超高速で進む。いまや研究者たちは、自然の中で野生個体群を対象にして、条件を統制して操作して進化の実現を行っている。ネブラスカの砂丘に2000m^2のケージを置いて毛色の濃いネズミと薄いネズミを放つ。トリニダードの渓流でグッピーを捕食者のいる淵からいない淵に移す、など(p.23)。


本書の第二部では、こうした自然における実験を扱っている。1976年、トリニダードで捕食者の少ない環境にグッピーを移すと数世代で派手な外見となることを示自然実験で示したエンドラー(p.144f)。このグッピーの実験が先鞭だが、この自然実験に次いだ研究には長い年月を要した。次はバハマで著者が行った1991年のアノールの実験。細い枝の環境の島では、アノールの肢は短くなる(p.166-174)。17年に渡りプールでひたすらイトヨを育て続けたシュルーター(p.205-213)。


これらの自然実験の様は読んでいてとても面白い。バハマのアノールの話は、小さな島でそれぞれのアノールを育てるも、ハリケーンで島が水没してアノールが全滅し実験がやり直しなど、生々しい研究の様がうかがえる。しかしこうした自然実験はともかくも時間がかかる。


ということで第三部はおなじみの実験室による実験に移る。しかも進化を調べるのだから世代交代の早い生物がよい。そこでショウジョウバエや大腸菌といった、進化の研究でおなじみの事例となる。ブドウ糖を毎日、ごく少量だけ与えられ続けた大腸菌は、14年経った第33127世代でもともと利用されず培養液中にあったクエン酸塩を分解する能力を獲得した。ごく稀に起こる遺伝子変異が複数発生した結果、クエン酸塩分解能力が現れた。端的に言えば、ほとんどありえないような出来事が、いくつも起こった。世代を戻してリプレイしたところ、極めて低い確率で発生した。複数の変異がセットになって、適切な順序で起こり、劇的な効果を生み出して、その後の進化コースを変え、新たな道を開くケースは実際に存在する。進化の歴史は、ランダム性と予測可能性の両方からなっている(p.260-274)。


後半は実験室の様々な実験を並べ書いていて、第二部の自然実験のような面白さはない。結局、本書の結論としては、ランダムなものと予測可能なものの両方があるというものに思われる。いろいろな実験が述べられるが、主張としては発展していかないのでだんだんと飽きを感じた。第一部の収斂進化の事例、第二部の自然実験の話についてはきわめて面白い本だ。

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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