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牧田幸裕『デジタルマーケティングの教科書』


近い将来、デジタルマーケティングの「デジタル」は不要になる。現在我々がデジタルマーケティングと呼んでいるものは、単なるマーケティングになる。AIを活用した消費者データ分析、オムニチャネルは、当たり前のものになるからだ。(p.152)
デジタルマーケティングについての概説書。デジタルマーケティングは従来型のマーケティングを基礎として成り立つものとの主張から、従来型のマーケティングについてもしっかり扱われている。

デジタルマーケティングの定義は人によって様々。著者によれば、デジタルマーケティングはデータドリブンとオムニチャネルの2つに分解できる(p.2, 36-40)。したがって単にデジタル空間(Web)上でマーケティングを行うものではない。なかには、インターネット上に限定された広告に過ぎないものをデジタルマーケティングと称してる例もあり、具体的に指弾している(p.42-45)。様々に取得可能となった消費者に関するデータに基づいてマーケティングを行うということのみならず、ポイントはオムニチャネルにある。つまり、リアル店舗とECチャネルをまたがり、シームレスな顧客体験を消費者に提供することがポイントとなる。そのためには、サプライチェーン、ロジスティクスがリアルタイムで柔軟な対応を取れることが前提。マーケティング領域だけではなく、サプライチェーン、 ロジスティクス領域のデジタル化が必要となる。こうしたことは、従来型マーケティングの範疇で実現できるものではない(p.50)。

このような見立ての上で、まずは従来型マーケティングの基本的な考えを解説する。ここは素晴らしくまとまっており、簡潔なMBA型マーケティングの記述として参考になる。PESTやSWOT分析から、STPへ至る流れ。デジタルマーケティングは従来型マーケティングとの比較で導入される。デジタルマーケティングによって進化するのは、環境分析、消費者理解、セグメンテーション、チャネル、プロモーションの5つの領域。特にチャネルとプロモーションである(p.79)。

デジタル領域では環境の変化が早く、非連続である。その場合、PEST分析やSWOT分析のように現状を分析するのではなく、技術の実現した近未来像から考えることが有効。これを著者はFOA(Future Oriented Analysis)と称している。デジタル領域では近未来は案外に早く到達してしまうし、その過程が断絶的であることもよく見られる。よって、近未来像から発想するほうが有効な分析になりうる。

消費者行動を理解するモデルはAIDMAが従来は王道であった。デジタル領域ではAISASやZMOTといった、消費者のネット上の検索と情報収集のフェーズをモデル化することが必要(p.90-92)。購入後のシェア、口コミ効果、それに応じたロイヤリティマーケティングといった論点はやや弱い。本書はまずは購入までのフェーズにフォーカスしているように見える。

デジタルマーケティングでは購買以前、以後の消費者行動データを入手して扱う。しかし消費者の心理面(なぜその商品を買ったのか)はこれでも分からない。基本的には従来型のデプスインタビューやエスノグラフィーに頼る必要かあるとする。ただ、コンタクトの瞬間にSMSでアンケートを取るRET(Realtime Experience Tracking)が有効とされている(p.97-101)。これら微細な消費者行動情報が意味するところは消費者セグメンテーションの考えの転換である、という論点が興味深い。従来は市場全体がまずあって、それを消費者の類似性で細分化するのがセグメンテーションだった。顧客単位のデータが取れるデジタルマーケティングではIOne to Oneマーケティングが可能となり、むしろ個人をクラスタリングするボトムアップの形でセグメンテーションが行われる(p.101-105, 131-138)。

ついでオムニチャネルについて。消費者が商品を購入する手段の高度化が進んでいる。シングルチャネル、マルチチャネル、クロスチャネルときて、その次にオムニチャネルが位置づけられる。クロスチャネルとオムニチャネルの違いがもう少し明確化したかった。クロスチャネルでは供給側でサプライチェーンが統合されており、同じ一つの在庫から消費者の購入チャネル(店舗、ECなど)に応じてどのチャネルからでも供給する。オムニチャネルでは、消費側のデマンドチェーン(むしろカスタマージャーニー)におけるデータの流れが統合されている、と考えることができよう。リアル店舗で検討していた商品がネットに引き継がれ、購買行動が継続できるなど(p.109-113, 122f)。オムニチャネルとして挙げられる例も、ややクロスチャネルの側面が強いものも見られる。

オムニチャネルの例が各産業形態から挙げられる。製造企業のオムニチャネルは消費者に直結していないので、チャネルが新たに拓かれる可能性がある。サントリー、森永製菓の企業ファンサイトの事例(p.118-120)。流通企業のオムニチャネルのメルクマールはAmazonのサービスレベル。その提供価値は、心地よい、安い、早いの3つで考える。キタムラやヨドバシカメラが挙がる(p.123-125)。製造流通企業(SPA)のオムニチャネルのメルクマールはユニクロ。SPAがオムニチャネルの価値を一番享受できる。ユニクロの他、良品計画が挙がる(p.126-129)。

ついでマーケティングの歴史と主要プレイヤーの変遷をたどる。ここも面白い。マーケティングにはこれまで環境変化が4つあり、主要プレイヤーが変化してきた。まず需要過多の時代(日本では1990年台以前)のマーケティングは、流通と広告が主。総合広告代理店による認知のマーケティングが中心だった。次いで供給過多の時代では、消費者の細分化されたニーズに合わせるために戦略的なマーケティングを必要とした。これを外資系戦略コンサルティング会社が担った。2015年以降はデジタルマーケティング変革期との位置づけ。オムニチャネル化を進めるにはマーケティング戦略だけでなくサプライチェーン、ロジスティクス、ITシステムとの連携が必要となり、戦略からITシステム構築までを担う外資系デジタルコンサルティング会社(アクセンチュア、IBM)が主要プレイヤーとなった。次に来るデジタルマーケティング確立期(2023年か2027年かの近未来)には消費者行動データを持っている企業(GoogleやAmazon)が主要プレイヤーになる(p.151-169)。ちなみに消費者行動データを多く保有している(かつ、データドリブンである)企業が主要プレイヤーとなる状況は、2025年でなくすでに来ているのではないか。

これらは2017年刊の書籍での眺めなので、すでに古い感じもある。Watsonがあるから他の企業はIBMに追いつけないという記述もあるが、もはやいまではWatsonの競争優位性はほぼ無いだろう。戦略の実現が先端的なITに深く関係するようになったので、先端的なITに関する感覚の弱い従来の戦略コンサルファームが輝きを失っているのは、私の現場の感覚ともよく合う。これはマーケティングに限らない。いわゆるTier1の外資系コンサルファームが、現時点で可能なITと、研究段階であって近未来に可能なIT、まだまだ夢物語のITの区別をつけられずに実現不可能な戦略を書いているのを目にする。

最後にデジタルマーケティングを担う人材について。リーダー層と担当者層で必要なスキルが書かれる。なかでも、マーケティングとテクノロジーを両方理解し、CMO、CIO、CTOを兼ねるようなCMT(Chief Marketing Technologist)が必要になると謳う。CMTは日本企業には難易度が相当高いが、オイシックスが募集するという例もある。異分野の連携力、異分野の利害を調整する統合力(むしろ統率力)、未来像を描く構想力の3つが必要(p.179-186)。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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