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山梨広一、菅原章編『マッキンゼー プライシング』


マッキンゼーの季刊誌から価格設定についての論考をいくつか収録したもの。東京オフィスの人間による描き下ろしもあるが、たいがいはアメリカ東海岸オフィスの人によるもの。論理的・科学的にアプローチしようとしているが、やや古い本でもあるしどこまで通用するものかは心もとない。

まず価格マネジメントの問題点が三つ挙げられる(p.4-7)。価値創造を指向した結果、価格の適切性についての検討が欠けてしまうこと。価格の設定を顧客任せ、競争相手任せにしており、自社での価格マネジメントを半ば放棄していること。顧客マネジメントについての組織能力の育成不足。

価格戦略において考慮すべき主な要素は、競合の価格、顧客のスイッチ率、カスタマー・バリュー、サービス提供コストの四つである(p.167-173)。これらを正しく捉えて価格戦略・戦術を実行していくには、3つのボトルネックがある(p.199-205)。失敗のリスクや流通からの反発を受けた、実行への意思決定の躊躇。営業の裁量や、顧客への訴求の失敗による実行徹底の甘さ。価格以外のプロモーション施策、サプライチェーンなど、他の施策との不整合の3つ。価格を変えるということは対象とする顧客セグメントを変えるということを認識する。3つのボトルネック解消のために、6つのポイントが挙げられる(p.205-212)。目的の明確化、価格設定プロセスの標準化、テストマーケティングやコンティンジェンシープランなと実行前の準備、実行時のモニタリング、マーケティング部門外に価格設定専門のマネジャーの導入、トップのコミットメントの6つ。論理的に計画を立てて実施すること、計画と実施に独立した権限を与えるようにトップがコミットメントすべし、というのはマッキンゼーとかだと何の分野でもだいたいこういう結論になる。

面白いは、バリューマネジメントにおける自社のポジショニングと競合や顧客の反応の検討のあたり。自社のポジショニングは静的作業であり、競合や顧客に関するものは相手の反応による動的作業となる(p.26)。価格均衡線Value Equilibrium Line(VEL)による分析は興味深い。これは顧客が認知する便益と顧客が認知する価格(表示価格ではなく割引などを適用した後の価格)を軸として、各商品をマッピングしたもの。通常は、価格と便益のバランスが取れているはずなので、軸を適切にスケーリングすれば45度線が引ける。つまり、高付加価値で高価格なものか、低価値で低価格なのかなどをマッピングする。価格を変えるというのは、VEL上でポジションを変えるのか、VELから離脱するのかの戦略を意味する(p.45-54)。その場合、ポジションを変えた位置に果たして顧客がどれくらい分布しているのかが問題となる。低価格競争から抜け出そうと、中価値・中価格帯に移行しようとしてもそこには顧客がいないかもしれない(p.30-40)。

明らかに、顧客の便益をVELが引けるように正しく定量化することは相当に難しいだろう。象限への分類のような定性的な分析ではない。コンジョイント分析をやれば分かるかのように魔法の杖みたいに書いてあるが、コンジョイント分析もかなり定性的要素が強い分析なのでVELを引くには苦しいだろう。理想論としてはVELのような分析はあるだろうが、実際にはどうか。同じようなことは価格弾力性についても言える。

価格設定については、本社で決められていると思っている人は多いが、実際は販売の時点において様々のプロモーションや割引により消費者の購買価格は決まっている。つまり価格は現場で決まっている。それをきちんと把握している企業はほとんどない(p.105-109)。こうした実際の価格を把握することがまず重要。標準価格からリベートやプロモーションなどを除いて、正味どれくらいの価格分が販売企業の手元に入るかをポケット・プライスとして分析する。あるいはそこから経費を抜いたポケット・マージンを分析する(p.71-73, 77-80)。

もう一つ出てくる重要な概念は、プライス・バンド。同じ商品でも、定価販売から様々なプロモーションによる値引き販売まで、価格は幅を持っている。こうした幅をどの範囲にすべきかを考える。つまりどこまで値引きできるかどうか。商品カテゴリー全体の消費が拡大しているかどうかと自社商品のブランド力の二つの要素から考える(p.110-113)。

新製品の価格設定についても論考がある。新製品の価格は、既存製品に対してどれだけ価値がふかされているかで、既存製品の価格への上乗せで考えがち。上乗せではなく、潜在価値の最大化をすべき。消費者がどんな商品特性なら対価を払えるかを調査し、開発段階からフィードバックすべきもの(p.145)。新製品の価格設定は開発プロセスに見せずに結びついているので、製品開発終わるまでに答えを出すべき問題である(p.154)。

大きな主張の一つは、価格設定はマーケティング部門やファイナンス部門から独立した組織にすべきというもの。独立させて価格マネジャーを設けると営業部門などから目立つ存在になりがちなので、スタッフに対する政治的な配慮が必要とされる(p.98f)。ただ、独立して価格設定だけをやる部門というのはあまり現実的でないように思われる。価格マネジャーが存在しないのは、価格設定についての重要性が理解されていないとかトップのコミットメントが欠けているよりも、価格が商品の単に一側面に過ぎずに、商品の価値全体と深く絡み合っているからだろう。それは独立した組織というより、商品全体を見るプロダクトマネジャーの仕事になる。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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