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キャス・サンスティーン『選択しないという選択』


人々の選択する場面を設計する選択アーキテクチャにおいて、デフォルトが機能する条件について。デフォルト・ルールはいつでも有効なわけではなく、能動的に選択させたほうが適している場面もある。また、機械学習などによって高度に個別化されたデフォルトが今後有効になっていくことを論じる。

私たちの生活は選択にあふれている。しかし選択がなされる社会的状況を省略するのは不可能。何らかの選択アーキテクチャはいつも必要とされる。選択アーキテクチャは束縛し制限すると同時に、選択を可能にし容易にする(p.9f)。選択アーキテクトは人々に能動的に選択させるべきか、あるいはデフォルトを設定するべきか。デフォルト・ルールは選択するという選択を可能にし、またデフォルトに頼ることで選択しないという選択を可能にする(p.14)。デフォルトは選択肢の強制とは異なり、選択したい人は選択できるし、選択したくない人はデフォルトに従うことによって選択しないという選択ができる。

デフォルトとはつまり、選択アーキテクトが人々に代わって前もって選択しておくということだ。つまり代理人として機能する。代理人を雇うことによって、依頼人は少なくても特定の分野で選択しないことを選択したことになる。このことで依頼人は自由になり、より重要な案件に集中できる。またよく理解してる人によって決定がなされることが保証される(p.13f)。複雑な状況では人々は選択するに十分な知識を持っておらず、デフォルトのほうがうまく機能する。

デフォルト・ルールはいかに設定されるべきか。理論的整合性は置いておき、選好される方式に関する、完全には理論化されていない合意が人々の支持を得るだろうと著者は書く(p.78-86)。完全には理論化されていない合意とは、十分な情報を与えられたとしたら大半の人が選ぶであろう事柄を反映するデフォルト・ルールを選ぶこと。ただ、人々はデフォルト・ルールに固着しやすい。人がデフォルトに従いがちな3つの主な理由(p.40-53)。1)惰性と先送り。デフォルト・ルールの変更には努力が必要(努力税)。努力にはデフォルト・ルールを変更すべきかどうかに焦点を絞る努力と、そもそも自分はどうしたいのか、選好を形成する努力の二つがある。2)デフォルト・ルールは選択アーキテクトが設定した暗黙の提案とみなされ、それを変更する正当な理由がない限りデフォルトからは離れない。3)デフォルト・ルールを変更したことで発生しうる損失を回避する性向がある。

一方、能動的選択を支持する強い理由は、それが判断を要求することで惰性を克服し、選択肢を真剣に考察するよう仕向けること(p.104f)。能動的選択は学習を促し、したがって選好、価値観、嗜好の発達を促す。学習を促すために能動的選択が必要な分野はたしかに存在する(p.111-116)。学習を促す、というのが能動的選択のポイントだ。さらに能動的選択が支持される論拠には以下のようなものがある(p.158)。選択アーキテクトの無知やバイアスにより、正確なデフォルト・ルールが設定できない。選択者の集団が多様で誤りのコストがある。選好と状況が時間とともに変化する。学習と行為主体性の価値や、嗜好と選好を開発する価値を重視する。

実は、人が選ばないことを好む場合に選択を要求することは、能動的選択とはいえ(非リバタリアン的)パターナリズムとみなされる。しかし何らかの市場の失敗がかかわらない限り、官民の組織は人が選ばないことを好む場合、能動的選択を主張するべきではない 。選択者の選ばないことの選択は、おおむね尊重されるべきである(p.122-128, 150-154)。

能動的選択とデフォルト・ルールの双方の欠点を補うものとして、個別化されたデフォルト・ルールが位置づけられている。個別化したデフォルト・ルールは、選択肢の均一的な強制という個別化していないデフォルト・ルールの問題を排除しつつ、能動的選択のコストを回避できる。ただし、学習を促さないという問題や、プライバシーのリスクがあるという問題がある。今後、個別化されたデフォルト・ルールは大いに普及していくだろう(p.21-26, 168, 220f)。

個別化したデフォルト・ルールは、長所がたくさんあるが、短所もある。情報にもとづく選好の形成を促進しないどころか、邪魔することさえある。エコーチェンバーの問題もある。デフォルト・ルールへの反論は、個別化されたという理由で弱まることはなく、同様に当てはまる(p.170-177)。個別化されたデフォルト・ルールの実現には、データの入手可能性とプライバシーが問題となる(p.180-182)。

なお、巻末にある大屋雄裕の解説が鋭い。アメリカのプラグマティストとしてのサンスティーンの限界を指摘している。サンスティーンは、選択アーキテクトを選ぶメタ的な選択には何も答えない。複数の選択権利の優先性に関して沈黙している(p.234-237)。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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