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水野祐『法のデザイン』


意欲的な一冊。テクノロジーの進展などにより、法がそれまで想定しなかった状況において、法の規定が問題になることが多く起こる。こうした状況と、どう対処して制度設計していくかについて。著者は音楽やアートなどのクリエイターとの協働、またクリエイティブ・コモンズ・ジャパンの理事も務める弁護士。第一部が一般論、第二部が各分野における各論となっている。各論では音楽、アート、写真、ゲーム、ファッションなどの先端的な取り組みが多く紹介される。

現代において制度設計を行う場合、法と並んでアーキテクチャというアプローチを考えなければならない。レッシグはアーキテクチャによる隠れた支配を啓発した。法、アーキテクチャのどちらか一方の設計では不十分。アーキテクチャによる規制の多くは技術的に回避可能だし、人に気づかれにくいために自由を過度に制限するおそれがある(p.18f)。

一方、インターネットとデジタル技術が発展した現在においては、創作はすべてセロから行われるのではないという事実が顕になっている(p.84f)。創造はゼロからなされるのではなく、過去の創作物を土台にして生み出される。著作権をはじめとして、あまりに過去の創作物の利用を制限してしまうことは、権利者の権利を守るとともに新しい創造を阻害し、私たちの社会を味気なく貧困なものとしてしまうだろう。私たちの生活や文化を余白のない社会に変貌させてしまうおそれのあるアーキテクチャによる規制から、いかに余白を確保し、制度設計するか(p.334)が問題となる。過去の創造物も、そのまますべてが保存されるべきでないかもしれない。ややある程度情報量を減らしたアーカイブのほうが、余白が生まれ、新たな創造につながる(p.240-242)。

アイデアや過去の著作物といった情報のコモンズが、創造性やイノベーションの源泉となっている。これらコモンズは、一部権利者によるロビー活動、恣意的なアーキテクチャの設計、フィルターバブルによるネットリンチなどにより破壊されるおそれがある。コモンズを確保する方法の一例が、クリエイティブ・コモンズということになる(p.24-33)。コモンズの確保には様々な手段があるだろう。フェアユース規定など、法律によって余白を確保してコモンズを確保する試みもある。実名アカウントの強制など、アーキテクチャによりコモンズを確保する試みもある。ただアーキテクチャには柔軟性が低い性質があり、難しい面もある。NPOなど社会的基盤によるコモンズ確保の試みもある(p.37-45)。例えば、Youtubeは著作権者の許諾を得ないアップロードについて、コンテンツIDを使い、禁止ではなく広告の挿入による報酬請求を可能にしている。これはすぐれてアーキテクチャの解決法(p.107f, 111-113)。

著者が特に注目するのが、書名でもある法のデザイン、リーガルデザイン。リーガルデザインとは、法の機能を単に規制としてではなく、物事や社会を促進していくための潤滑油として捉える。法を国家が一方的に定めるルールとしてではなく、私人の側から自発的にルールメイキングしていくものと考えること、およびその手法を言う(p.47f)。クリエイティブ・コモンズは、リーガルデザインの優れた先例といえる(p.54f)。新しい領域ではどういう制度があるべきか明確ではないのだから、立法府からルールが与えられるのを待つのではなく、また自主規制に終止するのでもなく、新しい領域で活動している主体自身が積極的な制度設計に関与する姿勢が大事(p.59-62)。たしかにアメリカのメガベンチャーなどは、積極的にこうした動きをするように思える。それは時に政商、ロビイストのような動きに見えるとしても。

各論に至って、特にアートは自分とは縁遠く特殊なものと見えるかもしれない。しかし高度情報化社会の現在にあっては、アートの果たす役割は大きいと言う。それはアートは現実や未来を未分化で複雑なまま提示するものだからだ(p.130f)。フェアユースの限界に挑戦するリチャード・プリンスの試みなどは、まさにそうした制度の限界を鮮やかに示す(p.150-152)。容易にコピーや改変が可能なインターネットでは、写真はいったい誰のものなのかという問いは深刻なものとなる(p.162-166)。

クリエイティブ・コモンズの活動に深く関わっている著者ならでは、ドミニク・チェンによるオープンソースの特性から始まる論も面白い。accessibility(作品の発見とフィードバックの機会の最大化)、engagement(信頼性の高いコミュニティの形成)、diversity(多数の観点からの作品の成長の促し)がオープンソースの特性とされる(p.209f)。オープンソースとファッションの比較は、論の広がりを感じる。ファッションはかなりフリーカルチャー的といえる。モードは誰の著作でもない。しかし、ファストファッションはこうしたモードを捉えて展開しているように見えるが、ブランドの流行をパクり、真似ているだけだ。オープンソースと比較すると、オープンソースの思想と、プラットフォームで醸成されるコミュニティが存在しない。また、オープンソースからの恩恵をユーザやコミュニティに還元していない。逆に言えばその点をカバーできればファストファッションに未来がある(p.217-222)。

射程が広く、アートをはじめ自分には不案内な分野の話が多い。ただそうした領域でこそ、制度設計は必要とされているという論点はかなり納得させられる。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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