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細田晴子『カザルスと国際政治』


カタルーニャのチェリスト、パブ・カザルスについての本。ただ音楽学や伝記の本ではない。平和運動と祖国カタルーニャの独立を訴え続けたカザルスの足跡をたどり、そうした平和運動が国際政治の中でどのように捉えられていったかを扱っている。カザルスの文化国際主義者としての側面を扱った一冊。音楽というよりは、現代史の一側面。

まずカザルスが生まれるまでのカタルーニャの歴史をざっと洗っていく。カタルーニャは山と海の文化を持つという簡潔な記述が目を引く。伝統文化を維持して外敵からの攻撃に抵抗するという山の文化と、リベラルかつダイナミックで海外から来るすべてのものを受け入れるという船乗りの文化を持っている(p.14)。

カザルスの文化国際主義的な側面はこうしたカタルーニャの土壌にもある。しかし1893年にマドリードのモルフィ伯爵のもとで宮廷文化に触れたこと、1899年に再びパリに渡ったとき、音楽家のみならず画家ドガ、政治家クレマンソー、作家ロマン・ロラン、哲学者ベルグソンとも交流したことが大きく関わる。ドレフュス事件もあり、こうした交流の中で 音楽のみに執着しない、コスモポリタン的な視点も得ていく(p.25f)。こうして、「良心ある芸術家は、ある特定の政治上の問題から自らを切り離すことはできない」(p.44)といった視点、音楽で平和を訴える視点が形成されていく。

本書はスペイン内戦を経てスペインからフランス、そしてプエルトリコへ移るカザルスを追っていく。亡命の初期では同じような亡命カタルーニャ人たちのネットワークが大きく機能する。イギリスにおける亡命カタルーニャ人たちといった話題もある(p.69-79)。カタルーニャ以外の亡命スペイン人である、バスク人やガリシア人からはカザルスはあまり評判が良くない。カザルスはイギリスでも政府に反フランコを訴えるも効果がない。

カザルスは実に多くの手紙のやり取りをしており、各国の主導者にも飽かず手紙を送っているが、たいていはあまり効果はない。第二次世界大戦の終結してもスペインには 民主主義が戻らず、 カタルーニャの自治権が戻らないばかりか、カタルーニャ語も禁止された。こうした状況に対する各国の無関心に対し、カザルスはイギリス、アメリカ、ドイツなど、フランコ政権維持に加担している国での演奏活動を拒否することとなった(p.79)。

フランスのプラードに滞在した時期では、カザルスは3つの役割を果たしている。反ブランコ体制の政治的な象徴。日々乖離していく政治家と民衆の音楽によるつなぎ役。カタルーニャ文化を維持して世界にアピールするための象徴(p.102f)。

本書が特異なのは、プエルトリコ移住後の足跡、特にアメリカ政府との関係を詳しく扱っていることだろう。アメリカはフランコ政権を支持しているため、最初にカザルス・フェスティバルでプエルトリコに行くことをカザルスは悩んだ。しかしプエルトリコのリーダー、ムニョス・マリンにカタルーニャのリーダーたちと共通するものを見た。中央から独立を切望しつつも、中央からの援助を享受するプエルトリコはカタルーニャと相通じるものがあった(p.119)。1956年ににプエルトリコに移住。

アメリカはソフト・パワーとして、「アメリカ在住の世界的チェリスト」(プエルトリコとはいえアメリカ扱い)のカザルスを大いに利用していく。アメリカはカザルスの平和主義者のイメージを利用して、アメリカのイメージ向上を目指したのだ(p.126)。プエルトリコは冷戦下での中南米政策、特に対キューバにおいて果たした役割は大きかった。民主主義という建前や、アメリカ軍の駐留など。カザルスの反フランコ、カタルーニャ自治の訴えは流され、単なる世界平和の訴えとして変換されて利用されていく。

1958年に国連で演奏することにより、カザルスは世界的に認められる平和のシンボルになる(p.137)。この前後、ラッセルやアインシュタイン、ノーベル文学賞受賞の文学者たちなど、国際的な平和主義者たちのネットワークにカザルスは組み込まれていく。1961年、ケネディ大統領への期待から、個人的な気持ちも大きくホワイトハウス公演を行う。ただその世界的な反響は凄まじかった(p.138-145)。

ただ、ベトナム戦争に対するカザルスの態度はよく分からない。1967年、ラッセルやサルトルなどがアメリカのベトナム制作を非難して開催した国際戦争犯罪法廷をカザルスは批判している。アメリカ国務省が裏で糸を引いて画策していたのではないかという疑念もある。1960年代はカザルス自身というより、カザルス夫人と弁護士フォータスの間で様々な事項が決定されていた。カザルスの健康状態に配慮して、あえて事態を伝えないなども多く行われている(p.165-168)。音楽は言葉によるメッセージを持たないので、直接訴えかけるものでもあるが、そのメッセージは如何様にも利用できものともなる。

本書は数多くの手紙など一次資料に基づき、またカタルーニャ語の文献も駆使した研究だ。しかしそれもあってか、ややもすると事実の羅列に近くなり、どんなポイントがあってどこにその議論を位置づけようとしているのかが見えにくくもある。もう少し図式的に整理してもよいのではと思う。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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