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竹中克行、齊藤由香『スペインワイン産業の地域資源論』


とても面白い一冊。スペインのワインに対する原産地呼称(Denominación de Origen)を始めとする地理的呼称制度が、スペインのワイン造りをどう変えたかを扱っている。豊富な統計データや、実際に現地を訪れての多くの調査に基づいている。日本でのワイン紹介本はDOを冠してボトルで売られるワインがほとんど。この本では、それ以外にも原酒だけ生産するもの、バルクで販売するもの、テーブルワイン(呼称がつかないもの)として売られるものなども視野に入っている。各地域ごとに特色ある、様々な栽培と生産の姿が伺える。

記述はスペイン全体のDOを類型化して語ったあと、カタルーニャ自治州のDOに限定した議論、そしてカタルーニャのなかでもペネデス地域に限定した議論を行う。徐々にスコープが狭まるような記述になっている。各地域において、DOとともにスペインワインは発展した。スペインワインの発展では、輸出指向の少数の高級産地だけではなく、大衆ワイン産地やローカル市場を指向する産地にも、それぞれ固有の発展・存続の仕組みがあった(p.14, 21)。またむしろワイン産業からの要請で新たなDOが誕生することもある(DOカタルーニャなど)。

DOのような地理的呼称制度はワイン以外にもある。ヨーロッパの地域ブランドは単なるプロモーション上の仕掛けではない。土地の恵みとそれを享受する人間の営みが生み出した蓄積への尊敬や憧憬を抜きには理解できない(p.7)。これは例えば日本の牛肉の地域ブランドとは違う。地域に特定されるワインは、ブドウの品種や生産過程の地域が限定されることから、産地による風味の違いには物質的根拠がある程度存在する。日本の牛肉の地域ブランドはこれに対し、品種や飼料の均一化、生産過程の地域分業により風味の違いがほぼ存在せず虚構化している(p.116)。

まず、前近代スペインにおけるワインは、ローカルに消費されるもの以外は、シェリーなど酒精強化ワインや、マルバジアなど糖度の高いブドウを使った甘味ワインが重要な位置を占めている。これは長期保存と遠方への輸送に適しているからだ。この状況は19世紀後半に鉄道が登場すると大きく様変わりする(p.25-28)。鉄道の普及とともにワイン産業に大きなインパクトを与えたのは、フィロキセラによる被害。その被害の時期によって対応できた地域とできなかった地域が分かれ、オリーブなどに転作してブドウ栽培が縮小した地域もある。

フランコ独裁政権時代は協同組合による管理が行われるが、制裁によりヨーロッパ市場からは締め出されていた。一方、1970年代のEUではワインの供給過剰が問題となり、テーブルワインの蒸留での工業用アルコールの生産、作物転換の奨励、新植の抑制を行っていた。1986年のスペインのEU加盟はこうした最中であり、スペインでもテーブルワインを抜根し、良質ワインの強化が行われた(p.111f)。DOがワイン産業に大きな影響を与えるのは、こうした流れがある。

前半のスペイン全地域のDOの概観では、2000-2001年のデータから、ワインを品質と商圏により分けている。品質は価格で代理し、上質ワインか大衆ワインかに分ける。商圏は輸出指向型、国内指向型(ローカル指向型と全国指向型)に分かれる。2品質と3商圏の組み合わせで6類型。日本でおなじみとなる輸出指向型上質ワインは、意外にもヘレス、プリウラット、カバの3つしかない。リオハ、リベラ・デル・ドゥエロといった有名どころは全国指向型上質ワインに分類されている(p.41-51)。

輸出指向型上質ワインのヘレスは熟成・出荷業者、熟成・貯蔵業者、醸造業者の3タイプの生産者からなる生産システムをもつ(p.60-62)。輸出指向形大衆ワインのペネデスは、イギリス向けの蒸留酒、フィロキセラで壊滅したフランスへのバルク輸出をメインとしたため、並質のワインが作られてきた。19世紀末にクドゥルニウ社の創業者であるジュゼップ・ラバントスがカバを作り出すことに成功し発展していく(p.67-70)。全国指向型上質ワインのリオハは、19世紀末、鉄道がフランスまでつながったことにより発展した。フランス資本が導入され、ブドウを栽培せず醸造に特化する工業生産型ワインメーカーが生まれる(p.79-83)。全国指向型大衆ワインのラ・マンチャも鉄道の開通により国内市場へと拡大している。ラ・マンチャの場合、フィロキセラの来襲が遅かったこと、病害虫に抵抗力を持つアイレン種が主だったこともポイントである。しかしブドウ栽培業者の保守性が強く、従来型製法への固執が妨げとなった(p.87-89)。ローカル指向型上質ワインは、バルセロナ近郊のアレリャのみ該当。ローカル指向型大衆ワインとしてリベイロは、ガリシア地方であり前近代は海運で輸出されていたが、鉄道が普及すると逆にアクセスが悪く国内の大消費地から遠く、衰退している(p.91f)。

カタルーニャ自治州の全12のDOは、3つのグループに分けられている。カバ、パナデス、コンカ・デ・バルバラというカバの生産を中心にまとまるグループ。タラゴナ、プリウラット、モンサン、テラ・アルタというタラゴナを中心とする原酒輸出で量的に拡大したグループ。そして残りのクステス・ダル・セグラ、アンプルダ、アレリャ、プラ・ダ・バジャス(p.128)。

カバはその生産の99%がカタルーニャ自治州、95%がパナデス、さらにパナデスの中心となる町サン・サドゥルニ・ダノヤだけでも75%を占める。とはいえDOカバの生産地域は、スペイン南西部でポルトガルと接するエクストレマドゥラを飛び地的に含むなど、広範囲に及んでいる。これはフランスのシャンパーニュと区別した名前をつけるときに、その時点でシャンパーニュ式の発泡性ワインを作っていた地域をすべて包摂したから。カバはパナデスがほとんどとはいえ、パナデスのものというより、カタルーニャのものとして認知されているし、原料の栽培地を考えればパナデスよりもはるかに広い(p.133f)。

タラゴナを中心とするグループでは、DOタラゴナとそれから分裂した地域をうまく使いつつ巧みに産地の多様化を図っているウニオやダ・ムリャ社が印象的(p.155-159)。また残りのグループからは、スペインワイン産業の革新をリードしてきたDOクステス・ダル・セグラと、2つの先駆的生産者、カステイ・ダル・ラメイ社とライマット社が目を引く。このDOのブドウ畑の半分はライマット社が占める。ライマットはペネデスの有名ワインメーカーであるクドゥルニウのグループ会社であって、その栽培するブドウの7割ほどはパナデスでのカバ生産に当てられている(p.206-212, 216f)。

他には、バルセロナの社交界に愛される白ワイン(アレリャ・マルフィル)を作るアレリャ、内陸部の乾燥地で先端技術を駆使するクステス・ダル・セグラ、伝統的ワイン産地の復活とテーブルワインからの脱却を目指すアンプルダなどとして述べられている(p.250)。

最後に、パナデス地域の大規模生産者にフォーカスを当て、DOがその販売戦略に及ぼしている影響を探る。パナデスはDOパナデス、DOカバ、DOカタルーニャの3つが呼称できる地域なので、どう使い分けるかで戦略が分かれる。大規模生産者はミゲル・トレス社、ロケタ・グループ、ウニオ協同組合の3つ。DOパナデスから外れてしまう産地をDOカタルーニャとして売り出すミゲル・トレスの戦略や、また地域限定テーブルワイン(VT)などDO以外の制度も利用していくロケた・グループの動きなど(p.251-259)。安物イメージのあるDOカバを用いずに、DOパナデスで発泡性ワインを売り出しているマス・クンタル社のアプローチもある(p.273-275)。

総じて言えば、原産地呼称の内実は、生産地域の面積・形状や製法の定義といった、物質的な要因のみによって決定づけられるのではない。各生産者がDOをどう見なしてどう活用するかという行為を通して、その存在意義が明らかになってくる(p.279f)。

分担した共著でもあるし、博士論文の応用でもあるので、若干記述のまとまりは気になるが、フォーカスの仕方、グルーピングの仕方などしっかりした地理学の議論がうかがえる。あまり普通のワイン愛好家の目には入ってこない本だろうが、スペインワイン、特にカタルーニャのものに関心のある人は読むととても面白いだろう。単なるワインガイドでは扱われない、重層的なワイン産業の姿が垣間見える。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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