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清水健一『ワインの科学』


協和発酵などで酒類の研究を行ってきた著者が、ワインについて物理的、化学的アプローチで解説する一冊。赤白ワインが話題の中心だが、酒精強化ワインやその他の醸造酒・蒸留酒についても扱われている。

著者によれば、日本人はワインを正しく理解していない。明治の鹿鳴館時代に初めてワインを飲んた上流階級の人々が、フランスのワイン文化を日本的に咀嚼せず、そのまま受容したことが日本のワイン文化の無理解を生んでいる(p.6)。本書は科学的に正しい知識を提供しようとする。科学的ではあるものの、酒は結局楽しく飲むもので、感性が大事であることはいくども語られている。

ワインは、各種の酒の中で特異な地位を占める。ビールや清酒では、アルコールの生成にデンプンをブドウ糖に分解する糖化の工程を必要とする。ワインは、原料に直接ブドウ糖が含まれていて、糖化の工程がいらずに発酵できる。こうした酒はほぼワインしかない(p.74-81)。

ブドウの原型となる植物は、恐竜全盛期の1億4000万年前に見られる。ただし現在の栽培されるワインのブドウの祖先はおよそ6000万年前に見られる。ワインは特に遺伝子が変わりやすい植物で、いまの欧州系ワインのブドウは欧州固有のものと、カスピ海あたりが原産のものの交雑である。ただ米国系品種(キャンベル、デラウェア、コンコードなど)はカスピ海原産のものとは遺伝的につながっておらず、もっと前の段階で分化している(p.27-30)。ただしいまのワインのブドウは、19世紀のフィロキセラの被害対策で、フィロキセラに耐性を持つアメリカ品種を幹として欧州系品種を接ぎ木したもの(p.34f)。

各種ブドウの由来は面白い。アルゼンチンで主に作られるトロンテスが、エジプトのアレクサンドリア・マスカットを祖先とする交配種との話は、味のイメージからとても納得がいった。カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローを混ぜるボルドーの赤ワインブレンドは、もともと畑に各品種がバラバラに植えてあって、品種を分けて収穫するのが難しかったため(p.62f)という話もある。そもそも野生での生え方としては混在しているほうが自然だろう。日本でワイン栽培が難しい理由を、降水量、気温、土壌、微生物の面から説明している。日本では特にピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブランは栽培不可能に近いという(p.50-56)。

醸造過程についてはかなり化学的に細かく書かれている。ワイン醸造の各ステップが何のために行われているか、それぞれの醸造手法が何を狙ったものであるか。味でいうと、白ワインは酒石酸とリンゴ酸、赤ワインは酒石酸と乳酸が酸味のもと。ちなみ乳酸を含む酒は温めて飲むことが多く、紹興酒などがある(p.16-21)。赤ワインの乳酸は、ワイン酵母による発酵ではなく乳酸菌によるもの。乳酸菌で乳酸を作るこのマロラクティック発酵は、余計なリンゴ酸が減る、品質向上の手段ともなっている(p.109-112)。ちなみに音楽をかけると発酵が良くなるという俗説はよく聞くが、音楽が発酵を向上させるとしたら、酵母菌の固有振動数に一致して酵母が浸透して表面についている二酸化炭素が離れるからだろう、などという記述もある(p.96)。

熟成過程についてはブランデーやウィスキーなど蒸留酒の話をメインとしている。蒸留ポッドが銅製なのは、香り成分の脂肪酸エステルの反応を触媒するから(p.140-142)といった化学的な説明がもちろん主だが、樽の中をどれだけ焼けばいいかは勘と経験でありほとんど科学的には解明されていない(p.142)との話もある。

瓶詰めについても詳しく書かれている。他の食品であるように瓶の上部の空気を窒素で置換しても、ワインの場合はあまり意味はない。窒素ではなく二酸化炭素で置換すれば一部がワインに溶け込み、上部空気の圧力が減る(p.118-127)。瓶内で二酸化炭素を発生させるシャンパンなどは、二酸化炭素が水と長期に接するので、会合が起こり、泡が長く持続する。瓶詰めの段階で二酸化炭素を吹き込む狭義のスパークリングワインでは会合は起こらず、泡がすぐに抜けていく(p.90-93)。ちなみにまれに見かけるソルビン酸を付加しているワインは、酵母などの生菌をきちんと除去できていれば不要なはずで、瓶詰めに自信がないことを表している(p.187)。

ワインと言えば健康に関する話題も多い。添加される亜硫酸塩、実態は二酸化硫黄水溶液は評判が悪いが、殺菌作用、酸化防止作用、果皮からのポリフェノール抽出の促進作用など多くの効用を持つ。二酸化硫黄の殺菌作用は4-6ヶ月しかもたないので、それ以降は無添加と同じ。瓶詰め後半年から一年もすれば、ワイン中の二酸化硫黄は溶存酸素や他の成分と反応してほとんどゼロとなっている(p.180-187)。

ワインそれ自体は有機酸を多量に含み酸性だが、カリウムを含んでいて体内ではアルカリ性になる。酒類でアルカリ性なのはほとんどワインのみという話は興味深い(p.212)。また、活性酸素が身体にもたらす害と、ポリフェノールによる抗酸化作用について長めに扱われている(p.214-228)。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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