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スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?』


海賊版MP3ファイルを始めとする、インターネット上の海賊版コンテンツについて。ジャーナリスティックな筆致で、3つの側面から多面的に描いている。MP3技術の開発元であるフラウンホーファー研究所、特にその中心人物カールハインツ・ブランデンブルク。海賊版と対峙する音楽業界、レーベル、特にアトランティック、ワーナー、ユニバーサル、ソニーと経営を担ってきたダグ・モリス。そして海賊版を作成し流通させた人々、特にポリグラムのCD製造工場から発売前のCDを盗んで流出させ続けたデル・グローバー。

この3つの視点が章を追って入れ替わる。特に非合法活動の海賊版グループの実態に迫っているところは取材力をうかがわせる。だが、取材した情報をあれもこれもと詰め込みすぎている感じがする。グローバーの暮らすノース・カロライナの田舎町の記述が延々と続いたり(第二章のほとんどすべて無駄)、流出させたCDのアーティストがアルファベット順に延々と並ぶとか、ヒップホップのアーティストの細かな話が続くとか。かなりどうでもよいところもある。著者にしては初の本らしく、構成力はいまひとつ。

最初のブランデンブルクがMP3を完成させ普及させていく過程は紆余曲折あり、読み応えがある。ブランデンブルクは、ザイツァーの音響心理学の結果に基づく圧縮アルゴリズムと、ホフマン符号化によるデータ圧縮を組み合わせて、音楽の圧縮アルゴリズムを生み出した。これがMP3のもとだ。エンジニアのグリルらと開発を進めていった(p.17-25)。

ブランデンブルグのアルゴリズムは、1991年4月にMPEGコンテストとしてMP3として採用される。だが、これは妥協の結果だった。同点一位のフィリップスが支援したチームの、フィルタバンクという非効率な仕組みを組み込ませられていた。MP3は複雑なアルゴリズムになり、不評が広まる。負けたフィリップスは、MP3を普及させず自身のMP2を普及させるべく、政治的妨害に出る。しかし寝ずの研究で、フラウンホーファー研究所のメンバーたちは挽回していく(p.32-40)。

衛星回線代を節約したいNHLにMP3変換器が売れるも、後が続かず、MP3の苦戦は続く。一般ユーザを狙ってL3encを無料頒布するも、フィルターバンクのせいでエンコード処理に時間がかかる(p.74-78)。この状況は、出資元のトムソンからアンリ・リンデが参画してから、企業向け販売は進み始める(p.80)。ブランデンブルクはフィルターバンクという非効率な仕組みを背負わされたMP3とに見切りをつけ、MPEGの政治に巻き込まれない新しい規格を開発する。ソニーなどから投資を得て開発を進める。これはAACになっていく(p.83f)。

1997年のwinampの登場、1998年のMP3プレイヤーの登場など、徐々にMP3は広まっていく。個人用にエンコーダーを無償提供したのも大きかった。MP3のライセンス料ブランデンブルクにも、元々のmo3開発チームにもたくさん入ってくるようになる。ブランデンブルクはAACに軸足を移したが、MP3のほうがライセンス収入が大きいので活かし続けていた(p.124-128)。

ダグ・モリスの評伝も紆余曲折で、ビジネス的なサクセスストーリー。モリスは元々、作曲家だが、アトランティック・レコード、タイム・ワーナーの経営重役まで登り詰めていく(p.54-61)。彼のビジネスの成功ポイントは受注数に基づく商業主義。売り出すアーティストはスカウトに任せっきりではなく、経理部の受注係に付きっきりになってデータを見る。ローカルにヒットしているバンドを取り上げて、全国に持っていく手法(p.82-88)。だが、ワーナー傘下のインタースコープでの黒人ラッパー(デス・ロウ、2パック)の過激な歌詞に対するレーガン、ブッシュ政権の批判を浴び、モリスは1995年、最終的にワーナーを解雇される(p.69-73)。

モリスはワーナーからシーグラムへ。音楽部門を育て、ユニバーサル・ミュージックになる。その手腕は高く、ユニバーサルは大手レーベルに成長していく。シーグラムはカナダの会社なのでアメリカの政治に巻き込まれず、インタースコープとまた仕事をすることもできた(p.101-104)。しかしインタースコープは2パックの死去を転換点として落ち目になる。その後、シーグラムは1998年にポリグラムを買収。この頃、すでに海賊版MP3ファイルは出回り始めていたが、ポリグラム買収の目論見書にはMP3や違法コピーの業績への影響は何も検討されていない(p.111-115)。

ますます巨大化したユニバーサル・ミュージックを率いるモリス。60億ドル以上の売上を誇る。その手法は、ユニバーサル参加のレーベルを互いに競わせること、そして他のレーベルとカルテルを組んでCDの高い価格を維持すること(p.146-149)。しかし、1999年6月にナップスターが立ち上がり、半年で2000万人近いユーザーに。全米レコード協会RIAA会長のヒラリー・ローゼンはナップスターに真っ向から対峙し、憎まれ役を引き受ける。モリスもRIAAの重要メンバーとして活動する(p.150-159)。しかしRIAAはナップスターとの裁判には勝利したが、MP3プレイヤーメーカーであるダイヤモンドとの裁判に負けてしまう。MP3プレイヤーは合法となり、普及し始める(p.163-165)。

海賊版MP3ファイルは世界の無名の人々がもたらしたクラウドソーシングの結果のように思える。だが実際は、一部の組織された人たちから発信されていた(p.11f)。最初はIRCのチャットでやり取りされていた。いくつかのグループがあったが、「シーン」と呼ばれるグループを著者は追う。彼らは最初はソフトウェアの違法コピーだったが、徐々に音楽に移っていく(p.94-97)。

シーンのなかでも特に精鋭たちが1996年頃にRNSというグループを作る。RNSは発売前のCDのリークを目標とした。グローバーはRNSのリーダーの「カリ」の信頼を得て、ユニバーサルによる買収後に警備が厳しくなったキングスマウンテン工場からCDを盗み続ける(p.139-145)。けれども、2002年にデフ・ジャム・サウスの「ザ・フィックス」をあまりに性急にリークした(発売前22日)ため、流出元が限定的になり、グローバーは疑いをかけられるがなんとか逃げ切る。これでグローバーはRNSと手を切る(p.195-197)。このRNSは規律がしっかりしており、RIAAはFBIと組んで何年もかけてRNSを追うが、RNSのメンバーは誰も特定されなかった(p.206-209)。

海賊版の流通を支えるプラットフォームは、2001年にビットトレントが生まれる(p.214-216)。この上に2004年、海賊版サイトとしてピンク・パレスが登場。運営者はイギリスの大学生、アラン・エリス。彼は様々な音質のファイルが溢れていた海賊版音楽ファイルを、音質を重視してライブラリを作り直していく(p.219-224)。けれども、音楽からオーディオブック、特に『ハリー・ポッター』シリーズに手を出したことが運の尽き。J.K.ローリングは著作権に極めてやかましいことで有名。エリスは逮捕され、ピンク・パレスは消滅する(p.270-276)。

レコード会社のほうは、2004年には厳しい経営状況を迎える。モリスの認識では、問題は海賊版ではない。レコード会社自体の腐敗もある。ラジオ局へのワイロとリクエストのサクラが問題視される(p.249f)。しかし何より、問題はアルバムからシングルへのビジネスモデルの移行だ。iPodの普及が後押しする。シングルへの移行は、1960年代に回帰しているとも言える。シングル盤は、インフレ調整すればApple musicでの価格と同じだった(p.243-248)。その後、モリスはYouTubeに音楽ビデオが上がっているのを孫から知り、広告モデルでの売上を思いつく。YouTubeから自社の音楽ビデオをごっそり引き上げさせ、2009年12月、Vevoを立ち上げる。ユニバーサル引退後はスティーブ・ジョブズから、aApple musicへ誘われたが断っている(p.296-305)。

RIAAとFBIは何年もかけて、まずAPCという海賊版作成グループを摘発する。そのメンバーが手がかりとなり、FBIの手はRNSに近づく(p.262f)。グローバーはまたRNSに戻るが、FBIの手が近づいているのを感じ、2006年にRNSは閉鎖を決定する。しかしカリとグローバーは物足りなくなり、無名のグループでCDのリークを続けるが、ついに逮捕される(p.280-289)。グローバーは取引で有罪を認めたが、カリ、本名アディル・カシームは、なんと家のWiFiルータにパスワードをあえて設定しなかったことで、カリ自身がアクセスして海賊版を流通させていたとは立証できないとして無罪になった(p.326-331)。

ストーリーとしては面白いが、凝って多面的に書こうとして混乱気味なところもあるし、冗長な記述も多く見られる。だが1980年代以降の音楽シーンやレーベルの動き、そしてアンダーグラウンドな海賊版グループを詳細に取材していて、そうした話がまとまって読めるのは貴重。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
コンサルティングファームに所属。数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。しかし博士号は取らず進路変更。以降IT業界に住んでいる。

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