

重力の話というよりは超弦理論についての一般向け解説書。超弦理論がどこまで進んでいるかを丁寧に解説している。超弦理論が相手にするような事象は、私たちの日常的世界のスケールとまったく違う。平易な説明はかなり難しいだろうが、筋道を立てて一歩一歩説明している。特殊相対性理論から始まり、一般相対性理論で重力を導入。量子力学を解説。特殊相対性理論と量子力学が出会うところとして、場の量子論を説明。一般相対性理論と量子力学が出会うところとして、超弦理論へ至る。ホログラフィー原理により一般相対性理論と量子力学の緊張関係が解明される。
最初は重力の不思議さから話が始まる。重力を7つの謎としてまとめている。なかでも重力には引力しかないことの説明がよい。電磁気は引力と斥力があり、多くの物質ではそれらは中和している。重力は引力しかないので、あらゆるものに働く。斥力が無いので、遮蔽することもできない(p.26-30)。重力は遮蔽されないので、重力波の観測は光の観測よりも遠くまで見える。宇宙の晴れ上がり以前の宇宙は光ではみられないが、重力は何にも遮られないので観測できる(p.52f)。
物理学のアプローチとして急進的保守主義というものを述べている。これは本書のあらゆるところで出てくる。もともとジョン・ホイーラーの言葉だそうだ。物理学というよりも自然科学一般のアプローチでもあると思う。理論を簡単に破棄せずにできるだけ保持する保守主義的態度と、その理論を当初考えていたケースを超えて限界まで適用しようとする急進的態度が共存している。物理学は既存の理論を否定するのでなく拡張する(p.46-48)。物理学の場合は対象とするもののスケールが拡大していく。10億のオーダーをステップとして物理学は進展してきたという。日常の事物の1メートルから10億メートルまでならニュートン物理学が適用可能。それより大きいもの、小さいものはそれぞれ相対論と量子力学(素粒子の標準模型)が対象とする。しかし、10億の10億乗メートルだとどちらも説明に困難をきたす(p.48-55)。
ニュートン力学の限界が最初に見えるのが光。特にマクスウェルの電磁気論との統合が特殊相対性理論を導く。マクスウェル電磁気論では光速は一定だ。ニュートン力学では速度は観測者に相対的だから、ニュートン力学は光速が一定であることを説明できない。この矛盾の解決はアインシュタインが特殊相対性理論で時間と空間が変化するとしてできた(p.59-64)。ただし特殊相対性理論でニュートン力学と光速の普遍性は説明できたが、重力が光速より早く伝わることになる謎は解けていない(p.83)。こうして一般相対性理論へいたる。
重力と加速度が同じという等価原理。自由落下するエレベーターで説明している(p.97-103)。これはいまひとつピンと来なかった。リーマン幾何学を一般相対性理論に組み込む上でのヒルベルトとアインシュタインの先陣争いのエピソードが紹介されており、楽しい。ヒルベルトのほうが理論の完成は先だが、アインシュタインに譲ったヒルベルトの話(p.110-113)。一般相対性理論はかなり理論的なものに思われるが、それはすでにだいぶ検証され、日常的に使われている。ここは丁寧にモチベートしている。アインシュタイン重力理論の検証としては、水星の軌道、重力レンズ効果、連星パルサーのエネルギー消失と重力波、GPSがある(p.113-126)。特にGPSでは、衛星と地上の時計のズレが一日で12kmくらいの誤差を生んでしまうため、特殊相対性理論と一般相対性理論で補正しているという(p.126)。
一般相対性理論まで導入したところで、その限界を示唆。一般相対性理論では、ブラックホールの内部と、宇宙の始まりで潮汐力が無限大になる特異解があり、その理論の限界を示している(p.138)。この特異解が特殊な条件で現れるものでなく、一般的に避けられないものということをペンローズ、そしてホーキングが示した。一般相対性理論の限界が明らかになる(p.152-155)。また、重力場方程式における宇宙項の経緯もある。アインシュタインは定常宇宙を支持するために宇宙項を導入した。これはハッブルの観測で否定された。だが、宇宙のインフレーションを説明するダークエネルギーの項として復活している(p.142-146)。
ついで話は量子力学へ。光電効果とアインシュタインの光量子効果の説明(p.160-164)。一つの量子状態は固有の位置と速度を同時に持たないという形で不確定性原理を説明(p.177-180)。粒子は波の側面を持つから、波長の観測は波の周期だけの位置の幅が必要となる。したがって位置が決まらない。ハイゼンベルグの不確定性原理は、位置を測定しようとすると、測定行為が対象の速度を変化させるので速度が測定できない、という測定精度の限界(量子限界)だとして区別している。粒子の量子論ののち、特殊相対性理論と量子力学が出会って場の量子論が生まれる。場の量子論では過去に向かう粒子、すなわち未来に向かう反粒子の存在が主張される(p.180-194)。この反粒子の話は対生成と対消滅の話を経て、ブラックホールの情報問題につながる。
物理的事象はプランクの長さを最小のスケールとする。このプランクの長さでは量子力学と一般相対性理論が出会う(p.201-203)。このスケールを扱う理論の構築には長い時間がかかる。1960年代後半、南部が弦理論でボゾンを弦から説明する。超対称性を含めることにより、フェルミオンも説明でき、超弦理論へ発展していく(p.210-212)。1984年に第一次超弦理論革命が起こったとされる。シュワルツが10年間コツコツと研究きたものが花開く。超弦理論は、余計な6次元と、謎の光速運動粒子が難問だった。6次元は3次元に丸め込むと量子を説明する能力があることが示され、謎の量子は重力子だと判明した(p.214-224)。超弦理論による標準模型の説明能力と重力理論の統合が見えた。
超弦理論の導入の後、ブラックホールへの適用について語られる。エネルギーと運動量は組になっていて、エネルギーは時間方向の運動量と見なせる。事象の水平線の向こうでは、負のエネルギーを粒子は取りうる。という説明があるが、この説明よくわからない(p.234-238)。事象の地平線の向こう、ブラックホールの内部の話は観測で検証できなそうだが、きれいな観測結果もある。宇宙の初めのインフレーションは光速より速く膨らんだため、事象の地平線ができた。事象の地平線の境界で対生成した粒子の片方は、地平線の向こうに消え、片方がこちらに残って粒子の分布に揺らぎが生まれた。この揺らぎの計算結果は、宇宙エネルギー背景放射の揺らぎと一致する。インフレーション理論と、ホーキング放射を確証する素晴らしい結果だ(p.239-242)。
超弦理論は、1995年、ウィッテンが弦を多次元で考えるべきと提唱。第二次超弦理論革命が始まる(p.250)。ポルチンスキーが開いた弦、D-brainを考えて、ブラックホールに適用する(p.251)。ブラックホールの内部の可能な状態数を計算するというホーキングの難問を超弦理論が解く。D-brainで大きいサイズのブラックホールについて計算ができた後、著者のトポロジカルな原理論に基づく計算がすべてのサイズのブラックホールについて状態の数をホーキングの予想に一致して導いた(p.253-257)。
そしてホログラフィー原理へ。ブラックホール内部の三次元の情報が、ブラックホール表面の二次元に反映される。ホログラフィー原理で三次元が二次元で表現されたとき、重力が理論からなくなってしまう。一般相対性理論と量子力学の統合は、量子力学が保持され、一般相対性理論が修正される結果となったとの結論(p.264)。ホログラフィー原理は、逆に三次元の問題を四次元に変換して解くという形でも使える。クォーク・グルーオン・プラズマでの適用例(p.270-273)。
最後には人間原理が扱われるが、著者も賛成していない(p.280)し、個人的にもかなりどうでもよい。わざわざ取り上げるべき話題でもないように思われる。
超弦理論について丹念に一歩一歩解説する素晴らしい本。ただ重力そのものの話は意外に少ない。重力波の話やヒッグス粒子などはあまり登場しない。
スポンサーサイト
コメントの投稿